『天 国から離れて』

(ヘレン・シャックマンと『奇跡講座』誕生の物語)

ケネス・ワープニック著、中央アート出版社・刊



- 引用文集  -


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イエスによる 『奇跡講座』 の口述は次のよう に始まっった。

  "これは奇跡につ いてのコースである。記録を取ってもらいたい。"

ヘ レンは、およそ一ページ分を筆記したところで、恐ろしくなっ てビルに電話した。 彼 女は、何が起 きつつあるかをビルに説明し、自分の感 じたところでは、その声が 「更に続けたがっているように思える・・・きっとまだ続きがあると思う」と伝 えた。 ビルは賢明にも、できるだけそれを続けるように、とヘレンに勧め、内的事件の この驚くべき展開については、翌朝オフィスで顔を見て話合うことにしよ う、と提案した。・・・

                 ―   第7章、 229~230 ページ



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・・・こうした経過全 体を通じてヘ レンは、彼女 自身も驚いたことに、一度でもやめるということを本気で考えることはなかったのである。

 あからさ まな反抗の時期は何度かありましたが、そ れを放 棄する考えが私の心にまじめに浮かんだことは一度もありませんでした。

そしてそれにもかかわ らず、強要されているという感じ を抱いていた最中でさえ、ヘレンは以下のような瞬間を体験していた。

[私は]聞き取りなが ら、奇妙に夢見心 地の状態になって いる自分を 感じました。こうしたときには、 まるで言葉が歌っているように思えましたし、深い真理と喜びの感覚や、 特典にあずかっていると いう感覚 さえもいだきました。後になって、これらの箇所は、より詩的に表現 された部分だったことに気がつきました。けれども、これらはつかの間 の幸せな休息の時でした。

この夢見心地の状態を 招いた部分とは、たとえば、「テキスト」第16章 末尾に出てくる 『奇跡講座』版の主の祈りや、第20章の「聖週間」、第26章の「神とキリストの訪れ」、 第13章の「もう一度選び直しなさい」、および、「ワークブック」レッスン157の最後の 段落、などである。

― 第7章、 235~236 ページ



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ヘレン:  私はこの文句のたどたどしい響きに異議を唱えます。 ひどくできの悪い詩のように 思います。

イエス:  しかし、簡単には忘れられない。 

―  第8章、 285ページ




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 ・・・  ヘレンがはっきりと表明していたこと、そ してついでに言えば私も常に同感していた ことは、『奇跡講座』は大衆向きのものではない、少なくとも現時点ではそうではない、 ということだった。その思考体系のスケールが余りに大きいために、それが完全な形で すぐに一般大衆に受け入れられることはあり得ないということが、私たちには明白だった。 しかも、『コース』に関してヘレンがイエスから受け取っていた数少ない特別なガイドライン のひとつは、この三部作 ― 「テキスト」、「学生のためのワークブック」、「教師のための マニュアル」 ― は、決して個別に販売されてはならないし、いかように短縮されても いけない、ということだった。以上のことから自明となるのは、この世界がこの三部作を どのように取り扱うにしても、正式な方針としては、『奇跡講座』の形を変 えたり、その 教説を希釈したりしてはならない、ということだと私たちには思われた。 

―  第13章、 438-439ページ



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    クムランに着いた途端、ヘレンは傍目にもすぐに分かるほどに感動しており、 それは彼女にしてはまったくめずらしいことだった。いにしえの共同体があった場所に 立ち、私たちはロープで仕切られた区域の向こう側に連なっているいくつもの洞窟を 見つめた。それらのうちの一つの内部で、筒の中に納められた巻物は発見された のであり、ビルが「私 の」洞窟の中で見つかるかもしれないと思っていたのも、それと 同じようなものだった。そのうちにヘレンが突然わっと泣きくずれた。 そして、目の前に あるその洞窟こそが、「神、在り」という巻物の霊視映像の中で彼 女が見たことのある 洞窟だ、と言った。それから、今、自分が立っている場所は地上でもっとも神聖な場所だ、 と宣言した。

    ヘレンは向きを変えて、クムランからそれほど離れていない死海を眺め、「水面が下がり すぎている、もっとずっと高いはずだ」、と言った。ビルは彼のガイドブックを調べ、二千年 前には、水面は実際もっとかなり高かった、という記述を見出した。ヘレンと私はいくつかの 遺跡の方に歩いていき、彼女は私に、エッセネ派の人々が墓地として使用していた区域に 歩み入りたいという強い衝動を感じると言った。しかしその後、彼女は、それをしないように という同様に強い衝動もイエスからやって来るのを感じた。彼が「死者たちは死者たちに より弔わせておきなさい」と言っているのが聞こえる、とのことだった。そういうわけで ヘレンは、ほとんど間違いなく千九百年前の彼女自身の墓所だと感じた場所には近寄らなかった。

―   第11章、 413ページ

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ヘ レン: 私はビルがこのコースを望んでいるとは思いませんし、私自身も望んでいるかどうか定かではありません。・・・・(中 略)・・・・いずれにしても、察するところ、このコースは選択科目ですね。

こ れに対し、イエス は、いずれ「テキスト」の序文としてタイプされることになる一節をもって応えた。ただ、その文面はもっと簡略なものだった。 先にも説明 したように、「テキスト」の序文は後からつけ加えられたものである。以下に見られるのが、ヘレンの推察に対するイエスからの返答で始まる初期のバージョン である。

   いや、そうではない。これは確実に必修科目である。それをいつ履修するかということだけが自由である。自由意志とは、あなたがカリキュラムを設定すると いう意味ではない。何をいつ学ぶことにするかを自分で選択するという意味にすぎない。

   時間は詰まるところ、あなたが自分のなすべきことを為す準備ができていないからこそ存在しているのである。

―  第8章、254ページ

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~ ヘレンからビルへ の手紙 その八より ~

休息とは、実は神の平 安のことです。私たちはそれを眠りや休暇などと いったものの中に 捜し求めますし、取りあえ ずはそのようにするだけの賢明さをもちあわせているわけです。しかしそれは 完全な答えではありません。奇妙なことに、真の休息を得るためには人は懸命に働かなくてはならないのです。 ・・・(中略)・・・ そうです、実際のところ、それが肝心な点なのです。それは努力を必要とするものなのです。

―  第6章、 195ページ

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(イ エスからヘレンと ビルへ)

ふたりとも、自分がど れほど相手を憎んでいるか、よく認識していない。 その点を実感するまで、あなたたちは憎しみを除去することはできないだろう・・・

―  第10章、 359ページ

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・・・音 楽は徐々に高まってゆき、輝く光に包まれたある人物の姿が祭壇の後ろから現れ、私に向かって歩いてきます。その人がイエスであると認識した私はすぐにひざ まづこうとしましたが、彼は祭壇の所にいる私の隣に来て、「あなたが私の祭壇にひざまづくなら、私もあなたの祭壇にひざまづこう」と言いながら私の傍らで ひざまづきました。・・・(中略)・・・・その後、徐々に馴れ親しむことになる一つのが、 沈黙のうちに、しかしまぎれもなくはっきりと語りました。「祭壇はあなたの内にある」と。

―  第5章、 118ページ

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奇跡はいのちの 一つの閃光だということを覚えておきなさい。それは闇を貫いて輝き、光を運んでくる。あなたは忘れることから始めて、思い出さなくてはならない。  

―  第8章、 225ページ

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(ヘレンの 詩「神の贈り物」から)

主よ、あな たは本当にあなたの麗しい御言葉を
守られたのですか? 
私は間違っていたのですか? 
あなたは再びよみがえられたのですか? 
期待を裏切ったのはあなたではなく、
私だったのですか? 
あなたは、私を死者たちの中から救い出すために
戻ってこられたのですか?    

―  第16章、 520ページ

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私は推測に ふけるようなことはしないのです・・・・私の仕事においては、そうしたことは時間の無駄になります。これまで何度も、ある人が突然に、全く予想に反したこ とを行なう決断をするのを見てきました 彼の勘定報 告の全貌を変更させるような何かです。人には、本当に最後の一分までそうしたことをする傾向があります。

―  第3章、 91~92ページ

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・・・・食 後、今ではヘレンだったか私だったか忘れてしまったが、私たちのどちらかがその詩を朗読したところ、驚くようなことが起こった。私たちは、そのまま即刻、 深い祈りのような静謐の中に入り込んでしまったのである。そうして、私が思うに、以下に見るこの詩の最後の数行に反映されている、時間を超越した愛情深い イエスの存在 を、私たち全員が感じたのである。

    空になった墓所の前で、私たちはついに理解する。
    ここで磔刑に処されたその人は死してはいない、と。   
    (「神の贈り物」から)

―  第15章、 471ページ

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・・・・時間というのは、究極には非直線的なも のであるから、いわゆる過去と呼ばれるものも、抑圧されているひとつの想念を象徴しているだけであり、現在において生じているように経験されている意識的 な想念と実際には共存している。

―  第6章、 188ページ



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