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「・・この思考の逆転をもたらすために聖霊が用いる大いなる学びの補助手段が、赦しである。」
『奇跡講座』まえがき から

                                   

  

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【質問】No.4 (org.#6: 10/30/2002)

『奇跡講座』のユニークさについて

『奇跡講座』が他のすべての霊的学びの道とはどんな風に違っているのか、それはなぜなのかを説明していただけますか?私はこれまでに、他にも一元論的な教えをいくつか学んだことがありますが、必ずこの『奇跡講座』に戻ってきてしまうようです。

【回答】

まず始めに、一元論という言葉を用いることで私達が意味していることを確認しましょう。それはつまり、『奇跡講座』はただ一つの次元、すなわち、霊およびその完璧な一体性の状態、すなわち『奇跡講座』が智識と呼んでいる領域だけを唯一の実相の次元であると認識するということです。その他の全て – 分離と知覚、形態と物質、思考と概念、といった二元的な世界 – は幻想であり、真に存在していないということです。

こうした一元論は、ヒンズー教および仏教の高度な教義の中にも見出されますが、西洋においてはほとんど見当たりません。『奇跡講座』を、古代から現代に至るまでの 霊性の道の中でも独特なものにしているのは何かといえば、この一元的形而上学と、主にフロイト及びその学派の人々による洞察を土台とした高度な心理学とを統合させている、という点です。これが何を意味するかといえば、要するに『奇跡講座』は、この世界は幻想であり夢に他ならないと教えていると同時に、の外側においては、私達が日常的にこの世界で体験することにしっかりと注意を払いつつ、毎日の赦しのレッスンに励むことを強く勧めている、ということです。こうした統合の鍵となっているのは、『奇跡講座』が目的というものに重点を置いているという点であり、この考え方の導入により、その他の霊性の道とは違ったものになっています。『奇跡講座』は、この世界は幻想であるというだけでなく、それは<目的>をもった幻想であると教えます。そしてその<目的>とは、私達を毎日悩ませ、傾注と解決をやかましく要求する無数の物理的および心理的な問題を解くことに全ての関心が集まるような、肉体からなる世界を作り出すことです。それによって、私達の問題の真の源である心は自覚されないままに保たれるというわけです。

更には、『奇跡講座』は、闇を超えて光の方へと移動する方法として、私達が自我 – 闇の側面 – を正視することを主張しており、この点でも独特であると言えます。従って、『奇跡講座』は真理の上に焦点を置くのでなく、私達の自我による罪悪感、恐れ、攻撃の思考体系を取り除くことに焦点を置きます。それにより、真理の光が輝くことができるようになるからです。イエスがそれについて述べた代表的な一節があります。「あなたの為すべきことは愛を探し求めることではない。あなたが自分自身の中に築き上げてきた愛を阻む障壁のすべてを探して、見つけ出すことである。真理であるものを探し求める必要はないが、誤まっているものを探し出すことは確かに必要である」(T-16.IV.6:1,2)。