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「・・この思考の逆転をもたらすために聖霊が用いる大いなる学びの補助手段が、赦しである。」
『奇跡講座』まえがき から

                                   

  

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【質問】No.17 (org.#35)

進歩がないように見えることについての質問

『奇跡講座』を学べば学ぶほど、私には自分が前進ではなく後退していると思えてくるような気がします。私の心は、以前よりもずっと騒々しくなっているのです。なぜなのでしょうか?

【回答】

そのことに関して、『奇跡講座』には、次のような役に立つ見解があります: 「あなたには進歩と後退の区別もつかないのだから、自分でこのこと[智識に目覚めること]の責任者になろうとしてはならない。あなたは自分の最も大きな進歩のいくつかを失敗だと判断したことがあるし、最も深刻な後退のいくつかを、成功だと評価したこともある。」(T-18.V.1:5,6)

実は、本当に私達は、自分が進歩の道程のどの辺りにいるのか分かっていないのです。自分が前進しているのか後退しているのかということすら分からないのです。このことを覚えておくことが、『コース』の学習には重要です。そうすれば、自分自身を裁いたり評価したりすることに多くの時間や努力を浪費してしなくてすみます。

あなたの心の中で前よりも大きくなったように思えるという「騒音」は、おそらく、『コース』を学び始める以前から既に存在していたはずです。その時と今の違いは、今では、あなたはそれを自覚しているという点です。今では、あなたは、自分には心があるということ、そしてそれは騒々しい心であるということを知っています。そして、それこそがまさに『コース』が私達に学ばせようとしていることなのです。私達が練習を始めるにあたり、まず学ぶことになるのは、私達が自分の中の騒音を、聖霊の「ひっそりとした小さな」(T-21.V.1:6)をかき消すために用いているという事実を、自分で否認しないようになることです。否認は、自我としての私達が用いる防衛戦略の一部ですから、自分の心の騒音が聞こえ始めるということは、否認を取り消すことの始まりです。私達が『コース』に真剣に取り組むようになるにつれ、私達自身の抵抗のゆえに、私達の中の騒音は、実際のところ、前よりも大きくなるように思えることがあります。

私達の中で自我と一体感を持っている部分は、自分が学んでいる事柄によって脅かされると感じるので、様々な形で戦いをしかけてくることになります。その一つが、騒々しい心です。それは、自分は「前よりもひどくなっている」と私達に耳打ちするわけですから、これもまた、真理を探求することをやめるよう私達を説得しようとする自我の企みの一つです。私達の課題は、自分の心の中のそうしたつぶやきに注意を払い始めることです。というのも、それらは、自分が何を信じているかを教えてくれているからです。そもそも『コース』が心の訓練を重視する理由は、私達の心の中に潜み、私達に罪悪感や恐れを抱かせている想念、価値判断、信念、虚偽といったものを、明るみに出すためです。ここで喜ぶべきことは、「を代弁するひっそりとした小さなを聞きたい者達にとっては、自我のやかましい叫び声や無意味なわめき声のすべてをもってしても、その小さながかき消されることはない」(T-21.V.1:6)ということです。私達が自分が抱いている全ての反論に耳を傾け、その上でそれらを赦したとき、私達は聖霊からの励ましを聞くようになるでしょう。