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『ワークブック編』の訳文に関してJACIMに寄せられた質問、およびその回答(12/28)+(1/14)

 
『奇跡講座・ワークブック編』には、「この翻訳について」というFIPによる前書きへの補足として、私たち日本語翻訳チームによる、日本語版に関する補足説明を掲載してあります。けれども、この文章のために使えるページ数が限られていたため、充分に説明できなかったことが幾つかあり、いずれ、何らかの形で更なる補足説明をしていきたいと考えていました。

その一つは、「原文に忠実に訳す」というFIPによる原則が、日本語訳の場合には、どのように適用されるかという点についてでしたが、折りしも、『奇跡講座・ワークブック編』を購入された読者の方(Mさん)から、12月下旬と今月の初めの2回にわたりJACIMに送られてきたご質問が、この点に関するものでした。他にも同様の疑問をもたれる方々もおられるかもしれませんので、Mさんからのご了解も得て、その質問と、その回答として私たちが返信した文面とを、ほぼそのまま、ここに掲載することにしました。

FIPによる原則は、「原文が曖昧であれば、訳文も同じく曖昧に訳す」というほどに「原文に忠実」ということに重点をおいていますが、もちろん、英語を母国語とする人が原文を読んだときにはっきり伝わってくる意味は、日本語でも明確に伝えなければなりません。ですから、それが直訳によって達成できない場合は、たとえ原文の文型から離れる形になることがあっても、訳文を読む人の頭の中で原文の意味が再現されるような訳文にしなければなりません。それがどのように為されているかということの一つの具体例が、以下の回答の中で説明されています。(すべての文をこのような訳し方で訳しているわけではありませんが、極端な例は学びに役立つ (T-6. In. 2:1) という意味で、わかりやすい一例となることと思います。)

〔質問1〕は訳し方について、〔質問2〕は、この文の意味についてです。

この説明の機会を作ってくださったMさんに感謝します。

以下が、その質問と回答です。

*************************************

〔質問1〕

こんにちは。

ワークブック、p.501の第1段落第3文に関しての質問です。

翻訳では、「この囲いの中にいれば愛を締め出しておけるので、自分は安全だと思っている」となっていますが、原文では、「For within this fence he thinks that he is safe from love.」となっています。これは、「この囲いの中にいるので、彼は、自分は愛から安全だと思っている」というような感じになると思うのですが、「愛を締め出しておけるので」という言葉は、原文には登場しません。原文に忠実に訳すという方針からすると、この訳は、意訳ですらなく、訳者による解釈で原文にない言葉を付け加えってしまっているように見えます。

これは、なにか翻訳上の深遠な理由があってのことでしょうか?

これはたまたま発見したものであり、私は原文と逐一つきあわせて読んでいるわけではないのでわかりませんが、もし、こうした翻訳が随所にあるならば、ちょっと残念に感じます。

もう1件は、刊行スケジュールに関してですが、ワークブック編、マニュアル編の動向を見て、テキスト編の刊行時期を決める、ということが、刊行スケジュールのページに書かれていますが、テキスト編が刊行されなくなる可能性もあるのでしょうか? 

まだ先の話だけに、ちょっと不安です。

 
______________________

JACIMによる回答

M___さま

ご連絡ありがとうございました。

ご質問にお答えします。

◆ ワークブック、p.501の第1段落、第3文の訳し方について

私たちの翻訳は、英語を母国語とする人が原文をしっかりと読んだ時に原文から受け取れるはずの意味内容を、日本語においても再現する、ということを目標としています。

ご指摘の箇所は、確かにもう少し簡潔な表現にできたかもしれないと私たちも感じていた箇所ですが、決して、私たちが勝手に言葉を補足して訳者の解釈を付け加えたわけではありません。

強いて言うなら「意訳」ですが、それでも、「愛を締め出しておける」というところが、”from love”の訳に相当していますので、原文の意味には忠実です。

以下に、もう少し詳しくご説明します。

英語の “safe from ~” という表現は、英語を意識しつつ日本語で考えていると、つい、「~から安全」という直訳的日本語表現が頭に浮かび、それで意味もなんとなくわかったような気になってしまう、といったことがあると思います。けれども純粋に日本語だけで考えるなら、「愛から安全である」というのは、あまり自然な日本語とはいえません。英語からの訳であると思って読めば、何となく意味はわかりますが、英語の原文を知らない人がこの表現だけを読んだ場合、日本語として不自然であるだけでなく意味も不明瞭と感じることが多いはずです。

ですから、まず、「“safe from ~” は “~から安全”と訳されなければ正しい訳ではない」という先入観から離れて考えていただくと、「~から安全」という訳し方以外の訳が可能であるという「別の見方」が見えてくるはずです。

例えば、某「オンライン辞書」サイトで、”safe from” を入力してみると、いろいろ訳文の例がでてきますが、そのどれも、「~から安全である」という訳し方にはなっていません。

この辞書サイトからの例文の転載は禁じられているようですので、例文をそのまま引用することはしませんが、それらの例文に若干の変更を加えた形で、いくつかの例を以下に挙げてみます。

• “safe from attacks” – 攻撃を受ける心配[恐れ・危険性]はない
• “safe from harassment” – 嫌がらせを受けないでいる
• “safe from sickness” – 病気にならない; 健康である
• “safe from litigation” – 告訴される危険はない

このように、”(be) safe from ~” という英語の表現は、何について、どういう状況で語られている表現であるかによって、訳し方はいろいろに変わります。すべての場合に、「~から安全である」と訳すのは、あまりに直訳的で、日本語としては不自然な表現であり、英文解釈の授業でもあればともかく、(普通は)原文を参照せずに日本語の本として読むことになる読者の方々を対象として翻訳する際には、不適当です。そのような訳では、意味の輪郭がぼやけているので、誤解の余地の幅が広がってしまいます。

ですから、ご指摘の文に戻れば、ここでは「囲いの中」の話をしているので、”safe from love”という原文と、「愛を締め出しておく」という概念は自然につながります。それは、上記の例で言えば、同じ”safe from”が、「攻撃を受ける心配はない」、「病気にならない」などとなるのと同様に、状況や概念によって異なる表現になる、ということです。

もしこのような点に注意を払わずに、翻訳全体を通して、「~から安全である」式の直訳ばかりで訳したならば、読者の印象は、「一応日本語になってはいるけれど、なんだか意味がよくわからない翻訳」というものになるはずです。わかりやすく読みやすい翻訳を目指しているなら、このような直訳はできません。

いずれにしましても、冒頭で述べましたとおり、私たちの意図は、原文から受け取れるはずの意味内容を日本語において再現するということであり、その真髄は、常に、「原書に忠実に訳す」ということです。けれども、英語と日本語という全く異なる言語構造をもつ二つの言語の間でそれを行うには、原文に忠実な翻訳とするためにこそ、文型を変えたり、言葉を補足したりしなければならない、という場合があります。ですから、ご指摘の箇所以外にも、言葉を補足して訳しているように見える箇所がいくつかあるかもしれません。けれども、全体から見ればごくわずかですし、そうした箇所も、言葉を足した理由はあくまでも、原文の意味を明確に日本語で表現するためであって、訳者の個人的解釈を付け加えるためではありません。

これがまさに、「もとの意味を保持するために形を変える」(「テキスト」第7章、II.4:4)ということです。

ですから、今回のご質問は、訳者が原書の意味をゆがめてしまったのではないかというご心配によるものと思われますが、そのようなご心配にはおよびませんのでご安心ください。

私たちは、原書の意味を、微妙なニュアンスにいたるまで正しく把握し、原文の文体や語調から醸し出される雰囲気を吸収し、それらすべてを、できる限り忠実に日本語で再現するために、長年かけて準備をしてきました。皆様にも、「ワークブック編」を時間をかけてじっくりと読み込んでいってくだされば、この邦訳を通して、『奇跡講座』が放つ光にきっと触れていただけるはずと思っておりますし、その体験を通して、私たちがここで述べましたことについても、納得していただけるものと信じております。

◆ 刊行スケジュールについて

「ワークブック編」、「マニュアル編」の売れ行きによっては、「テキスト編」が刊行されなくなるという可能性があるのかどうか、とのご質問ですが、出版社側でも、三部作全部の刊行を望んでいますので、そのような可能性はほとんどないと言えます。ただ、「ワークブック編」の販売動向により、出版経費をいつ頃までに捻出できるかが決まり、残りの二部の刊行時期も早まるか、遅くなるかが決まってくる、ということです。

以上、疑問点にお答えできたことを祈ります。

JACIMより

*************************************

〔質問2〕

(要点のみ)
訳し方については納得し、懸念は払拭されましたが、内容的に今ひとつ腑に落ちません。愛がなければ私たちは生きられないのに、なぜ、愛を締め出しておいたら安全でいられると思う、と書かれているのでしょうか。

______________________

JACIMによる回答:

今回のご質問の内容につきましては、実は、前回の回答の中でも触れようかとも考えたのですが、前回は訳し方に関するご質問と受け止めましたので、その枠内で回答するために、内容に関する部分は省きました。

そして、あの文を多少冗長ともいえる形で訳した理由は、実は、今回のこのご質問にも関連していました。つまり、ごく普通の考え方をすれば、愛は私たちを守ってくれるはずのものなので、「愛から身を守る」とか、「愛から離れていれば安全」という発想はでてきません。ですから、少しでも曖昧さが残る形で訳すと、「愛があるから安全」という逆の意味として読んでしまう人々が多いと思われますので、そうではなく反対のことを述べているということがはっきりわかるようにするために、あのように訳しました。

前置きが長くなりましたが、このように、この文は、私たちが普通に考える愛とは違う愛について語っています。このコースで言う「愛」とは神の愛のことであり、私たちが普通に「愛」と思っているものは、『奇跡講座』の定義によれば、「特別な愛」であって、「真の愛」ではありません。そして、「特別な愛」は自我の領域のものですから、もともとは「恐れ」です。(『奇跡講座入門』88ページの最後の5行分くらいを参照)

もちろん、私たちは真の愛を求めてはいるし、真の愛は私たちを幸せにするものですが、このコースの理論によれば、私たちは、真の愛を攻撃して、そこから逃れてきたのですから、愛である神のもとへ戻ろうとしても、神に対する恐れがあるので、戻れません。そして、この物理的世界や肉体は、真の愛から逃れるための防衛として作り出されたものである、というふうに説明されています。このような理論に照らして考えれば、ご質問の文の意味が理解できることと思います。

そして、もちろん、『奇跡講座』は、こういう状態からの救いの道も示してくれますが、そのやり方は、神を恐れている自我の心理プロセスの構造を明らかにすることによって、私たちが自分の無意識のレベルに埋もれている神の愛に対する恐れを消せるように助けてくれる、というものです。

以上、ごく簡単な概略のみの説明ですが、お役に立てれば幸いです。