Site menu:

                                   

  

  g                                          

サイト内検索

関連サイト

【質問】No.101 (orig.#947)

平安と喜びを望むけれどもお金も欲しい私は、
どうすればいいのですか?

 
『奇跡講座』は、自我のゴールから退きなさいと教えています。自我としての自分は私の「真の自己」ではないということや、自我から離れることだけが、平安と喜びに通じる道だということを教えています。私はそのようにしたいのですが、お金も欲しいと思います。どうすればこれら二つのことに折り合いをつけられるのでしょうか?
 

【回答】

あなたの質問にはお答えしますが、その代金の請求書はどこにお送りすればいいでしょうか? (笑) 

冗談は抜きにして・・・ もしかすると信じがたいかもしれませんが、その二つに折り合いをつけなくてもいいのです。『奇跡講座』は、何であれ私たちが依然として愛着をもっている対象を諦めるようにと求めてはいません。

「もしあなたがこの世界の中の象徴をすべて超えて進み、それらを永遠に忘れてしまうように求められながらもなお、教える役目も引き受けさせられるとしたら、それこそ奇妙なことである。あなたはもうしばらくの間、この世界の象徴を使う必要がある。」(W-pI.184.9:1-2)

もちろん、金銭というのは、この世界の中の最も強力な象徴の一つですから、あなたが金銭と<特別な関係>を持っているという事実そのものは、あなたの状況がユニークなケースだということを物語っているわけではありません。けれども、その状況について、あなたは正直であろうとする意欲を持っておられるわけですから、その事実が、このコースで実際に勧められていることを実行できる素晴らしい機会をあなたに与えているのです。つまり、ただその状況を一緒に見てほしいと、聖霊に頼むことができる、という意味です。換言すれば、自分が行なっている金銭の授受について、裁いたり正当化したりせずに、それをよく見てみるのを助けてほしいと聖霊に求める、ということです。

『奇跡講座』は次のように教えているということを、覚えておいてください。

「あなたは自我を支持するために特別な関係を選択したが、あなたが作り出したものの解釈者としての機能をもつ聖霊は、その特別な関係を、真理を指し示す学びの経験として用いる。聖霊の教えのもとでは、すべての関係が愛を学ぶレッスンとなる。」(T-15.V.4:5-6)

ですから、あなたは<特別な関係>を無理に放棄しないほうがいいのです。それらこそが、聖霊があなたの心を癒すために使うことのできるものだからです。<特別な関係>のあるところ (言い換えれば、自我が采配を振るってきた歴史のあるところ) には、必ず、罪悪感と恐れが存在しています。そして、明らかに、この罪悪感と恐れの存在こそが、意識的にせよ無意識的にせよ、私たちの大半が金銭に関して抱いてきた感情を表現するものとなっています。

ですから、金銭に関して聖霊から学べる最初の「愛を学ぶレッスン」が、「恐れゆえに金銭に愛着をもっている自分自身に対して、慈しみの気持ちをもつこと」となる場合もあり得るのです。罪悪感と恐れは自我の存続を支える糧となっているものですから、そうした気持ちを持つことが、自我から退くことの始まりです。そして、それが起こるようになると、あなたは次第に、外側で何が起こっているかにかかわりなく、お金に関してそれまでよりもずっと安心していられる自分に気づくことでしょう。