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「・・この思考の逆転をもたらすために聖霊が用いる大いなる学びの補助手段が、赦しである。」
『奇跡講座』まえがき から

                                   

  

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用語解説 か行





か行



神  [God]

三位一体第一位格創造主、全ての実存すなわち生命{いのち}のであり、その父性は、神の子キリストの存在により確立される。第一原因であり、神の子結果である。の本質は霊であり、その霊は全ての被造物により共有される。そして全ての被造物の一体性が天国の状態。


神の記憶  [memory of God]

贖罪の最後の段階。全ての兄弟の中にキリストの顔を見ることができた後に、神ご自身により踏み出される最後の一歩の直前に訪れる。私達は赦しを通してを思い出し、臨在を私たちの前から隠していた分離の信念を取り消す。


神の子 [Son of God]

智識のレベルにおける意味: 三位一体第二位格。私達の真の自己であるキリスト

知覚のレベルにおける意味: 分離した神の子らとしての私達のアイデンティティー。または、<間違った心>と<正しい心>とを有する自我としての神の子のこと。聖書の言葉である「人の子」が、まれに分離した神の子を意味して用いられる。


神の心 [Mind of God]

の創造的機能に該当し、自らの創造的エネルギーを提供して霊を活性化させる主体のこと。の延長としてキリストの心 – 神の想念 – は、神の心の属性である<一なる心の状態>を共有する。分離後は、キリストの心は<一なる心>と<分離した心>の二つに分裂したかに見えた。


神の言葉 [Word of God]

分離に対するの“答”。この答がもつ異なった側面(例えば、赦し、平安、贖罪、聖霊など)の別称として用いられている。

(注 — 聖書のようにイエスまたはキリストのことを指してはいない。)


神の想念(複数) [Thoughts of God]

智識のレベルにおける意味: 非空間の次元において、神の心すなわち霊が延長されたもの。被造物のすべてに該当する。私達の真の自己も、私達が創造する被造物たちも含まれる。の一部として神の想念の属性を共有する。すなわち、均一、永遠、無形、創造的、不変といった属性を備える。

真の知覚のレベルにおける意味: まれに<実相世界>の想念のことも指す。例えば、平安、救済、癒し、奇跡など。


神を代弁する声 [Voice for God]

聖霊を参照)


奇跡 [miracle]

罪や罪悪感や恐れから成る自我の世界を見ることから、聖霊の赦しの世界を見ることへと私達の知覚を移行させる心の変化のこと。心に、原因となるという本来の機能を取り戻すことで、投影を逆転させ、私達がもう一度選び直せるようにする。この世界の法則を超越し、の法を反映する。私達が聖霊またはイエスと繋がり、私達自身の心や他者の心を癒す手段となることにより達成される。

(注 — 外的事象の変化として理解されてきた従来の「奇跡」と混同しないこと。)


犠牲 [sacrifice]

自我の思考体系の中心を為す信念の一つであり、「誰かが益するためには、他の誰かが失わなくてはならない」という信念。何かを受け取るためには何かをあきらめなくてはならない(得るために与える)という原則のこと。例:「の愛を受け取るためには、私達はその代価を支払わなくてはならず、それは、たいてい私達の罪悪感(罪)をつぐなうための受難という形をとる」、「他者の愛を受け取るためには、私達は、特別な愛の取引によって、それに対する支払いをしなくてはならない」など。「誰も失わず、誰もが益する」という救済と正義の原則とは逆のもの。


機能[function]

智識のレベルにおける意味: 創造すること、すなわちまたは霊を延長させること。であるキリストを創造し、今度はキリストと同じように創造する。私たちは、永遠を貫いて今も進行している私たちの創造するという機能について、贖罪が完了した時に自覚できるようになる。

知覚のレベルにおける意味: 赦し、癒し、贖罪を自分に受け入れること。私たちの特別な機能は、自分の<特別な関係>を赦すこと。聖霊の特別な機能は、それぞれの神の子に自分の特別な機能を思い出させ、贖罪の計画を実行に移すこと。

(*機能{はたらき} [function]の項目も参照してください。)


救済 [salvation]

贖罪のこと、すなわち分離を白紙に戻すこと。私達が、赦しや奇跡がもたらす心の変化を通して、罪や罪悪感が実在すると信じる信念から「救われる」こと。


キリスト [Christ]

三位一体の第二位格。一なる神の子、または一なる子の全体。ご自身の霊を延長させて創造した自己なると同じようにキリストも創造するが、キリストではない。キリストを創造したがキリストを創造しなかったからである。

(注 — イエスだけを指す言葉ではない。)

参照:被造物たち(複数)、心眼{ヴィジョン}


キリストの顔 [face of Christ]

赦しの象徴。私たちが、自分の罪悪感を投影することなく、キリストの心眼{ヴィジョン}を通して他者を見る時に、その人の中に見られる真に無垢なる顔。それは、私たちが自分の内側に見る無罪性が他者へと延長されたものであり、私たちの物理的な眼に見えるものとは無関係である。

(注 — イエスの顔、あるいは何らかの外的なものと混同しないこと。)


偶像 [idol]

自我が、私達の真の自己またはの代替にするものの象徴。「以外の何か、以上の何かがあり得る、だからから離れた何かがあり得る」という誤った信念が、人々、ものごと、あるいは概念などとの<特別な関係>の上に投影されたもの。反キリスト。


苦しみ/受難 [suffering]

自我が「肉体は実在し、霊は存在しない」と証明するために用いる基本的な証拠の一つ。肉体が明らかに苦しみや痛みを経験しているように見えるからである。従って、苦痛の中にいるということは、を否定することであり、他方で、神の子としての真の強さを自覚していることは、苦痛の実在性を否定すること。

(注 — 「苦しみ/受難」と「痛み」は実質的な同義語として用いられる。)

参照:病気


決断 [decision]

私たちの決断の力が、この世界の囚人である私たちに残された最後の自由である。<決断>は、天国においては知られざるものであるが、この世界では必要なもの。自分たちの源から分離するという私たちが下した決断こそが、修正されなくてはならないものだからである。この修正は、自我の代わりに聖霊を、<間違った心の状態>の代わりに<正しい心の状態>を選択することで達成される。


欠乏の原理 [scarcity principle]

罪悪感の一側面。私達は空虚で不完全な者であり、必要なものが自分には欠けている、という信念。これにより、自分の内側に欠乏を体験するので、それを埋め合わせるために偶像や特別な関係を探し求めることになる。必然的に、剥奪されているという感覚へと投影されることになり、私達は、真実には、自分で自分から平安を取り上げているにも関わらず、他者により平安を奪われていると信じることになる。の豊かさの原理とは対照的なもの。


幻想/幻影 [illusion]

実在のものであると信じられてはいるが、実はそうではないもの。究極の幻想は神からの分離という幻想であり、この幻想の上に分離した世界の全ての事物事象が存在し、そうした事物事象は知覚におけるゆがみと理解することができる。例えば、<愛を求める呼びかけ>の代わりに攻撃を見ること、あるいは誤りの代わりに罪を見ること、など。この世界に属する様々な幻想/幻影は「肉体には、快楽又は苦痛の源としての独自な価値がある」という信念を強化する。赦しは、一度も存在したことのないものを赦し、全ての幻想を超えての真理へと導くので、最後の幻想である。


原因と結果 [cause-effect]

原因と結果は、一方の存在が他方の存在を決定するのであるから、相互に依存している。それだけでなく、原因ではない何かがあるとすれば、それは存在しえないものである。実存するすべてのものからは結果が生じているからである。

智識のレベルにおける意味: が唯一の原因であり、神の子結果である。

知覚のレベルにおける意味: 分離(罪)という想念が、苦しみと死の夢の原因であり、そうした夢は罪の結果である。赦しは、罪からはどんな結果も生じていないことを実証することによって、罪を取り消す。すなわち、の平安と、神と私達の間にある愛に満ちた関係は、他の者たちが私たちに対し為したことから全く何の影響も受けていない。従って、何の結果も生み出していないものであるから、罪は原因ではあり得ず、存在することもあり得ない。


攻撃 [attack]

罪悪感を他者の上に投影する行為を正当化しようとする試み。自分たちには罪悪感がないと感じることができるように、他者の罪深さと罪悪感/有罪性を実証しようとする。攻撃とは常に分離の責任の投影であるから、決して正当化されない。からの分離の想念そのものを指して用いられることもあり、私たちは、がその返報として自分たちを攻撃するだろうと信じている。

(注 —「攻撃」と「怒り」は、ほぼ同義語として用いられる。)


親交/コミュニケーション[communication]

智識のレベルにおける意味: 創造と同義語。一つになった私たちととの関係の表れであり、霊と愛の流れにたとえることができる。霊だけが親交{コミュニケーション}を行うことができるのであり、その成り立ちからして分離したものである自我には、それができない。

真の知覚のレベルにおける意味: 私たちは、自らの正しい心の中で聖霊の愛が自分を通して共有されるにまかせることにより、聖霊を通して親交{コミュニケーション}を経験する。


心 [mind]

智識のレベルにおける意味: 霊とおおよそ等しいものであるが、自らの創造的エネルギーを供給して、霊を活性化させる主体を表す。

知覚のレベルにおける意味: 選択の主体。私達には自分の心が神の心から分離・分裂すること(間違った心の状態)も、神の心へ戻ること(正しい心の状態)もできると信じる自由がある。だから分裂した心には三つの部分があると理解することができる。<誤った心>と<正しい心>、そして、この二つのうちのどちらかを選択する心(決断の主体)の三者である。頭脳と混同しないこと。頭脳は肉体器官であり、私達の肉体としての自己の一側面である。

参照: 神の心



答 [Answer]

(「聖霊」を参照)


































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