2月 272016
 

Q.

奇跡講座を学んで1年が過ぎ、奇跡講座の3冊の本とともに真摯に赦しをやっています。

しかし、知的には理解していても、「神から見離され、愛されてない」という欠乏感はあまりに大きく、外の世界を都合の良いように変えたくなります。

あるとき、「ある神社へ行くと宝くじで高額当選してる人が何人もいる」という話を聞き、お金が欲しいという欲望にかられ、車のナビに住所を入れ、行こうとしましたが、不思議とたどり着く事が出来ませんでした。

聖霊は、この世界での行動には関与しないとありますが、不必要な経験はさせないように導く事はするのでしょうか?

 

A.

「聖霊はこの世界での行動には関与しない」と言われている理由は、『奇跡講座』で言う「聖霊」が、心のレベルでの変化のみを助ける存在だからです。

ですから、その観点から言えば、この世界の中で具体的に「何かをするように」と導くのも、「何かをしないように」と導くのも、どちらも同じことです。

そのどちらも、「この世界での行動に関与する」ということになりますから、『奇跡講座』の聖霊は、そのどちらも行わないのです。つまり、空の彼方から世界を見下ろして、チェスの駒を動かすかのように、出来事の展開を操るようなことはしません。

ご質問の中の「神社にたどり着けなかった」という状況については、他の教えの中には、そのように導く「聖霊」とか「天使」とか「守護霊」とか「スピリットガイド」などといった存在がいるというふうに説明する教えもあると思います。

けれども、『奇跡講座』の説明のしかたによれば、「神から見離され、愛されていない」という欠乏感を感じるのも、欠乏を満たそうとして行う様々なことがうまくいかないのも、すべて自我が自分で作り出していることです。

では、そうしたことについて、『奇跡講座』はどう助けてくれるのかというと、「自我としての私たちは、なぜそのようなことをしているのか」、「どうすれば、そのように自分で自分を痛めつけることをやめられるのか」ということを明らかにして、実際に、そうした心の中の闇に光が当たるようになるところまで導くことによって、助けてくれるのです。

それはすべて、心の中での助けです。そしてそれこそが、知的な理解から、真の癒しへの移行を可能にするものです。

けれども、これは一朝一夕で達成されるわけではありませんし、このコースの学びはゆっくりと進んでいく長い道のりですから、じっくり腰を据えて、学んでいかれることをお勧めします。

ただし、もしも「外の世界を変えたい」という願望が抗い難いほど強い場合は、今はまだ『奇跡講座』を学ぶ時期ではないという可能性もあります。その場合は、まずは自分の思い通りに人生を生きて、世界の中で自分の生活を満足できる形に作り上げる努力をしてみるべきです。そうして、世界のレベルでの願望や必要を適度に満たしたあと、それでも残る虚しさや悲しさや欠乏感を痛感したなら、それが『奇跡講座』との接点となり得ます。そのときには、本当に「心を変えたい」という動機が強まっているはずです。

以下のQ&Aも参照してください。

【質問101】「平安と喜びを望むけれどもお金も欲しい私は、どうすればいいのですか?」

【質問102】「差し迫った問題にすぐに対処するには?」

【質問30】 「イエスと共に見る」ということの意味

【質問71】 健全な自我を育てることの大切さに関する2つのQ&A