8月 212014
 
【質問】

救済の即時性について教えてください
テキスト26章8で
救済(赦しの効果)は即時に現れると
書いてあります
赦す時とそれによる恩恵を受け取る時の
間に時間差を見るなと教えています
「いつか訪れるだろう救済」として
見てはいけないと。
★救済とは即時的なものである!

「未来に訪れるであろう幸せ」
で満足してはならない
それには何の意味もないと
教えているように読み取れます。
ようするに
赦したあと、その恩恵を待つのは
何の意味もないということでしょう
★救済とは即時的なものである!

ところが
ワークブックのレッスン75
「光は訪れている。」には
聖霊がくるのを辛抱強く待ちなさい。
あなたは世界を赦したのである。
そして、聖霊が約束してくれた世界を
必ず見ることになるという確信を抱いて
「待つ」ように・・・
といったように
赦したあと、恩恵が訪れるのを辛抱強く
待ちなさいと
「待ち」を勧めているようにも読み取れます

決して揚げ足を取る訳ではありません
もっと大きな視点から読み取っていけば
いいのだろうとは思いますが
何か教えていただければ幸いに存じます。

(狂志郎)

 

【回答】

ご質問にお答えするために、FACIMのQ&Aから二つを選び、翻訳しました。

JACIM本館で、
Q&A#83 「なぜ、私は救済の即時性を体験できないのでしょうか?」
Q&A#84 「『奇跡講座』を読み終えたあとは、何をすべきなのでしょうか?」
をお読みください。

以上のQ&Aは、ご質問の意図に厳密に即したものではないかもしれませんが、
これらのQ&Aを二つ合わせて理解していただきたい点は・・・・

条件が揃えば、救済は一瞬で達成されるが、
条件を揃えるためには、時間もかかるし、努力も必要である

・・・ということです。

『奇跡講座』におけるこの種の「矛盾」のように見えるものはすべて、
それぞれの文脈の論点の違いによるものと説明できます。

このコースの中での論点の違いとは、形而上学的レベルの話をしているか
日常生活レベルのことを述べているのか、原則について話しているのか
実践の一側面について語っているのか、聖霊の視点からの発言か読者の状態を
述べる発言か・・・などによって生じています。

テキスト26章VIIIの場合は、救済の達成のための「条件」にあたる部分を
説明している文脈です。

一方、L75の「聖霊がくるのを辛抱強く待ちなさい」というのは、私たちが
上記の「条件」を満せるように自分の中の恐れを手放していくには時間がかかる
とうことを、詩的な文脈の中で詩的に表現しているものです。

木ばかり見ずに森を見る・・という感覚で読んでいくと、
わかりやすくなることと思います。

  2 コメント

  1.  
    *質問者の「狂志郎」さんから、以下のコメントをいただきました:

    『木ばかり見ずに森を見る・・・』
    なるほど、
    実は
    今さっきまでゲイリーレナード氏の
    「不死というあなたの現実」という
    本を読んでいたのですが、
    P220、一行目でビックリして
    一瞬目が止まりました。
    何故なら、そこには
    「森のかわりに木を見ること・・・」
    について書かれてあったからです
    驚きました、なんという偶然でしょう
    いえ、
    この世に偶然などありません
    先日、当サイトにて回答を頂いたものと
    ほぼ同じ言葉を今さっき頂いたのです
    これこそ
    聖霊からの具体的なアドバイスでしょう
    ありがとうございました。

    (狂志郎)

  2. 貴重な体験の分かち合いを、ありがとうございました。
    これをお聞きして、実は、私も驚きました。
    あの最後の二行は、掲載直前に、なぜか必要を感じて
    書き加えたものだったのです。このためだったのですね。
    😉 (加藤)