10月 282014
 
【質問】

以前から疑問に思っていることに加藤さんのご意見をお聞きしたくて
質問を送らせていただきます。

私は田中さんの訳でコースを始めました。
それより前に「神の使者」を読みました。

コースのテキストを読んだ時に、「コース」と「神の使者」は違うことが
書いてあると思いました。

それでも、「神の使者」はコースの理解にとても役に立つものだと思って
いましたし、同じものだと思ったこともありました。

それでも時々疑問がわくのはアーティンとパーサが未来の話をしていることです。
未来の話の中で「イランは要注意だ」と言っています。
当時アメリカにとってイランは重要危険国でした。
それなのに、どこの国かは別として原発事故については一言も触れていません。

これが納得がいかないということだけでなく、未来のことを話して人々の不安を
あおるような発言が不思議でならないのです。

そういうことから「同じことを書いてるのか」時々疑問が沸いてきます。

加藤さんの中ではどのように認識されていますでしょうか?

「トム」

 

【回答】

『神の使者』という書籍(原題The Disappearance of the Universe)は、
アメリカでも日本でも、A Course in Miracles(以下、「コース」)を
学ぶ人々の間でかなりの影響力を持つ本であることは否めませんが、
この本には「コース」と同じことが書いてあるのか、というご質問には、
ためらいなく、「同じではない」とお答えできます。

だからと言って、全面的に無視できる本ではないことも事実で、おそらく、
「コース」を紹介する本としては、役に立つ本の一つであると言うことは
できると思います。

その主な理由は、この本には、ケネス・ワプニック博士が長年教えてきた
通りの解説が、ふんだんに盛り込まれているので、「コース」を正しく学ぶ
のに役立つ箇所はたくさんあるからです。中には、博士のそうした解説が、
その微妙なニュアンスに至るまで再現されているような箇所まであり、
長年ワプニック先生から学んできた人々がこの本を読めば、どこがそのような
箇所であるかはすぐにわかります。

けれども、この本には、著者G・レナード氏による独自の内容も含まれており、
そういった箇所は「コース」自体の内容とは違うものになっています。例えば、
未来についての予言的な発言や、著者自身の過去生や来世に関する言及といった
ことは、「コース」三部作の内容とは無関係です。ですから、「トム」さんが
気にしておられる「未来のことを話して人々の不安をあおる」というような
ことは、「コース」三部作の中では、どこにも述べられていませんので、
ご安心ください。

つまり、『神の使者』では、「コース」の教えの説明に入り混じって、「コース」
には関係のない要素が混在しているため、どこからどこまでが「コース」そのものに
関することで、どこからがそうでないのかがわかりにくくなっています。ですから、
「コース」をしっかり学びたいと思っておられる方々は、『神の使者』をお読みに
なる際には、この点に留意しておかれるとよいと思います。

また、この本にはケネス・ワプニック博士を高く評価している発言があり、
それ自体はありがたいことだと私個人としては思っていますが、10年程前、
原書が発売された直後に、私が直接、先生にこの本について尋ねてみた際には、
先生はこれについてはひどく困惑しておられました。つまり、ご自身による解説が
たくさん引用されているにも関わらず、それとは相容れないような要素がかなり
盛り込まれていると、先生自身も思っておられた、ということです。

さらに、日本の読者の方々の場合は、翻訳されたものを読むわけですから、
そこから生じる「ずれ」の問題もあると思います。訳本としての『神の使者』の
中には、残念ながら、「コース」からの引用文や「コース」に関する記述には、
不正確な部分があります。そういう意味でも、「この本にはコースと同じことが
書いてある」とは言えないのです。

 
一方で、上記のようなこととは別に、この本は「コース」に対して一つの
ユニークな貢献をしたと言える側面があります。それは、この本が2000年代半ばに、
アメリカでも日本でも、多くの人々の間で、「コース」についての認識を一気に
大きく変えてしまうという画期的なことをやってのけたということであり、
私個人としては、この本の意義は主としてこの点にあると考えています。

それ以前の30年近くの間、アメリカで人々が”A Course In Miracles”と聞いて
思い浮かべたのは、主としてG・ジャンポルスキーやM・ウィリアムソンといった
人々やそれに類する教師たちであり、彼らの著作のお陰で「コース」の名は広く
知れ渡っていたとはいえ、それによって多くの人々が学んでいたのは、いわゆる
「大衆化されたコース」、処世術的なレベルにまで希釈された「コース」でした。
当時は、K・ワプニックが解説してきたような非二元論の形而上学的理論は、大多数の
「コース」学習者には知られていませんでした。その背景には、彼の著作は、当時の
アメリカの一般書店では容易に手に入らなかったことや、インターネットが普及して
いなかったという事情もありますが、何よりも、希釈された「コース」解釈と
比べてはるかに深遠かつ難解で、「とっつきにくい」と思われがちであったことが、
普及度の低かった最大の原因と言えると思います。

そんな中で登場した『神の使者』という本は、ワプニックが教えてきたような
非二元論の思想としての「コース」を、当時の他の「コース」関連書のような
希釈や歪曲をせずに紹介し、それにもかかわらずベストセラーになったという
異例の本でした。それによって、アメリカではK・ワプニックに一気に注目が
集まるようになり、「非二元論」という言葉が、初めて「コース」との関連で
広く普及していきました。

その後も相変わらず処世術的なものとして「コース」に接する人々がいなくなった
わけではありませんが、それでも、こうした展開によって、ようやく、多くの人々の
間で「コース」が正しく認識される可能性が広がったということになります。
(「正しく」というのは、「このコースの筆記者ヘレン・シャックマンが理解して
いた通りに」という意味です。ヘレンは、「コース」出版直後から、希釈解釈された
「コース」が野火のように広まってしまったことを、深く嘆いていたとのことです。)

2000年代前半までの状況を思えば、以上のような展開は、『神の使者』という
本が出版されていなかったなら、考えられないことでした。 

ですから、『神の使者』は、「コース」解説書と呼ぶには上述のようにいくつかの
問題がありますが、一冊の本としては、「エンタテインメント的要素が含まれてはいるが、
ワプニック博士の著作や正しいコース理解への入り口になる本、もしくは橋渡しをして
もらえる本」として意義があるのではないかと、私は思っています。

以上で、ご質問への回答とさせていただきます。

  3 コメント

  1. *質問者の「トム」さんからのコメント:

    加藤さんへ

    先日「神の使者」という本について質問しましたトムです。
    ご丁寧な回答をありがとうございます。

    このQ&Aがアップされましたら、意外なことにコースを学ぶ友人たちの間でとても好評でした。
    長い間の疑問がすっきりしたということです。

    私としてはゴミ箱フォルダに入れられてもしかたない質問だと思っていましたので
    ご回答を頂けたことをとても感謝しています。

    ありがとうございました。

    トム

  2. *読者のNKさんからのコメント:

    「神の使者」にたいする加藤先生の見解、
    興味深く読ませていただきました。
    というのも私は「神の使者」からコースに入ったからで、
    「コースと神の使者は同じではない」という見解は
    私にとっては衝撃的ではあります。

    でも、どんな本も批判的に読むべきだとは思います。
    私はコースにしても神の使者にしても盲信する傾向があり、
    コースとも神の使者とも「特別な関係」を作ってしまっている気がします。

    でも、ある程度批判的に読むべきにしろ、
    また同時にある程度絶対的に忠誠を誓うということも必要、
    というのが私の意見です。
    もちろん、自分の意見だけが絶対正しいと主張するものではないですが、
    少なくとも私は今そのような態度でコースにも神の使者にも接しています。

    いずれにしても
    今や「神の使者」はコースを語るうえで避けては通れない本だと思います。
    学習者の皆さんがどのような意見なのか、
    コメントをいろいろ見てみたいです。

    NK

  3. *「K@ロンドン」さんからのコメント:

    >>『神の使者』は、「コース」解説書と呼ぶには上述のようにいくつかの問題がありますが、一冊の本としては、「エンタテインメント的要素が含まれてはいるが、ワプニック博士の著作や正しいコース理解への入り口になる本、もしくは橋渡しをしてもらえる本」として意義があるのではないかと、私は思っています。

    私もトムさんと同様の学習過程を経ており、「神の使者」→「田中百合子さん訳ACIM」→に加えて→「Dr. ワプニック著作&VIDEO」と学習を進めています。思ったことは、加藤さんと同じにワプニック博士(FACIMで開示される沢山の)の著作への入り口になる本という意味では、私のケースがまさにその通りになっています。

    「神の使者」とワプニック博士の著作の中のちょうどミッシングリンクの一例であったのが、私の場合は「経験」というキーワードでした。「神の使者」内の「経験」というワードをすべて抜き出してみて、読みつなげましたが、全体への理解には到達しませんでした。

    「神の使者」はその本が述べているように全部のコースの論点を扱わないとありますので、これは他で補足する事はやむを得ないでしょう。今後はワプニクの著作を活用しようと思います。また、「神の使者」は3人の会話を書籍にしている時点で、私が常に気にするフレームワークへの言及も散在しているように感じます(書籍上は図を使っていません)。

    とはいっても私の様に精神世界に関心が薄い(3年前は理解度ゼロでした)人間が読むには「神の使者」の果たすコースへの啓蒙の役割は大きいと思っています。コースは何か(もしくは誰か)の手引き無しで、自学自習するには難解な著書であるとずっと感じております。

    将来への予言・過去世への言及は、「世界は無い」というコースの1つの中心的教えの中ではあまり意味がないのを承知した上で、2人の天上界からの教師が利用している「幻想」であろうと私は理解しています。つまり何が起きても大した意味は無い、と言いたいのだとの理解です。身体をまとった私達が赦しの為に利用できるのは、時制(過去・現在・未来)によらず、「自分の外側に見える世界(幻想)」や「自分の中での体験(幻想)」だけであろうと思っているためです。

    学習が未熟な私は、日本で進行している原発事故の問題・事後処理が(ロンドンに住んでいてもなお)人生を変えるほどの大きさになっており、このテーマは私の毎日のコース学習の課題になっています。身近なことはなかなか幻想と思えない為に、学習を続けています。

    K@ロンドン