JQA#10: 「神の使者」という本について
【質問】
以前から疑問に思っていることに加藤さんのご意見をお聞きしたくて
質問を送らせていただきます。
私は田中さんの訳でコースを始めました。それより前に「神の使者」を読みました。
コースのテキストを読んだ時に、「コース」と「神の使者」は違うことが
書いてあると思いました。
それでも、「神の使者」はコースの理解にとても役に立つものだと思って
いましたし、同じものだと思ったこともありました。
それでも時々疑問がわくのは、アーティンとパーサが未来の話をしていることです。
未来の話の中で「イランは要注意だ」と言っています。
当時アメリカにとってイランは重要危険国でした。
それなのに、どこの国かは別として原発事故については一言も触れていません。
これが納得がいかないということだけでなく、未来のことを話して人々の不安を
あおるような発言が不思議でならないのです。
そういうことから「同じことを書いてるのか」時々疑問が沸いてきます。
加藤さんの中ではどのように認識されていますでしょうか? 「トム」
【回答】
『神の使者』という書籍は、アメリカでも日本でも、A Course in Miracles
(以下、「コース」)を学ぶ人々の間でかなりの影響力を持つ本であることは
否めませんが、この本には「コース」と同じことが書いてあるのか、という
ご質問には、ためらいなく、「同じではない」とお答えできます。
だからと言って、全面的に無視できる本ではないことも事実で、おそらく、
「コース」を紹介する本としては、役に立つ本の一つであると言うことは
できると思います。
その主な理由は、この本には、ケネス・ワプニック博士が長年教えてきた
通りの解説が、ふんだんに盛り込まれているので、「コース」を正しく学ぶ
のに役立つ箇所はたくさんあるからです。中には、博士のそうした解説が、
その微妙なニュアンスに至るまで再現されているような箇所まであり、
長年ワプニック先生から学んできた人々がこの本を読めば、どこがそのような
箇所であるかはすぐにわかります。
けれども、この本には、著者G・レナード氏による独自の内容も含まれており、
そういった箇所は「コース」自体の内容とは違うものになっています。例えば、
未来についての予言的な発言や、著者自身の過去生や来世に関する言及といった
ことは、「コース」三部作の内容とは無関係です。ですから、「トム」さんが
気にしておられる「未来のことを話して人々の不安をあおる」というような
ことは、「コース」三部作の中では、どこにも述べられていませんので、
ご安心ください。
つまり、『神の使者』では、「コース」の教えの説明に入り混じって、「コース」
には関係のない要素が混在しているため、どこからどこまでが「コース」そのものに
関することで、どこからがそうでないのかがわかりにくくなっています。ですから、
「コース」をしっかり学びたいと思っておられる方々は、『神の使者』をお読みに
なる際には、この点に留意しておかれるとよいと思います。
また、この本にはケネス・ワプニック博士を高く評価している発言があり、
それ自体はありがたいことだと私個人としては思っていますが、10年程前、
原書が発売された直後に、私が直接ワプニック先生にこの本について尋ねてみた際には、
先生はこれについてはひどく困惑しておられました。つまり、ご自身による解説が
たくさん引用されているにも関わらず、それとは相容れないような要素がかなり
盛り込まれていると、先生自身も思っておられた、ということです。
さらに、日本の読者の方々の場合は、翻訳されたものを読むわけですから、
そこから生じる「ずれ」の問題もあると思います。訳本としての『神の使者』の
中には、残念ながら、「コース」からの引用文や「コース」に関する記述には、
不正確な部分があります。そういう意味でも、「この本にはコースと同じことが
書いてある」とは言えないのです。
一方で、上記のようなこととは別に、この本は「コース」に対して一つの
ユニークな貢献をしたと言える側面があります。それは、この本が2000年代半ばに、
アメリカでも日本でも、多くの人々の間で、「コース」についての認識を一気に
大きく変えてしまうという画期的なことをやってのけたということであり、
私個人としては、この本の意義は主としてこの点にあると考えています。
それ以前の30年近くの間、アメリカで人々が”A Course In Miracles”と聞いて
思い浮かべたのは、主としてG・ジャンポルスキーやM・ウィリアムソンといった
人々やそれに類する教師たちであり、彼らの著作のお陰で「コース」の名は広く
知れ渡っていたとはいえ、それによって多くの人々が学んでいたのは、いわゆる
「大衆化されたコース」、処世術的なレベルにまで希釈された「コース」でした。
当時は、K・ワプニックが解説してきたような非二元論の形而上学的理論は、大多数の
「コース」学習者には知られていませんでした。その背景には、彼の著作は、当時の
アメリカの一般書店では容易に手に入らなかったことや、インターネットが普及して
いなかったという事情もありますが、何よりも、希釈された「コース」解釈と
比べてはるかに深遠かつ難解で、「とっつきにくい」と思われがちであったことが、
普及度の低かった最大の原因と言えると思います。
そんな中で登場した『神の使者』という本は、ワプニックが教えてきたような
非二元論の思想としての「コース」を、当時の他の「コース」関連書のような
希釈や歪曲をせずに紹介し、それにもかかわらずベストセラーになったという
異例の本でした。それによって、アメリカではK・ワプニックに一気に注目が
集まるようになり、「非二元論」という言葉が、初めて「コース」との関連で
広く普及していきました。
その後も相変わらず処世術的なものとして「コース」に接する人々がいなくなった
わけではありませんが、それでも、こうした展開によって、ようやく、多くの人々の
間で「コース」が正しく認識される可能性が広がったということになります。
(「正しく」というのは、「このコースの筆記者ヘレン・シャックマンが理解して
いた通りに」という意味です。ヘレンは、「コース」出版直後から、希釈解釈された
「コース」が野火のように広まってしまったことを、深く嘆いていたとのことです。)
2000年代前半までの状況を思えば、以上のような展開は、『神の使者』という
本が出版されていなかったなら、考えられないことでした。
ですから、『神の使者』は、「コース」解説書と呼ぶには上述のようにいくつかの
問題がありますが、一冊の本としては、「エンタテインメント的要素が含まれてはいるが、
ワプニック博士の著作や正しいコース理解への入り口になる本、もしくは橋渡しをして
もらえる本」として意義があるのではないかと、私は思っています。
以上で、ご質問への回答とさせていただきます。
追記: 以上のQ&Aの回答は、G・レナード氏の第一作目のみについて述べています。
同シリーズの他の作品は、第二作目、第三作目と進むにつれて、理論面に関する内容は
希薄になり、エンタテインメント性が濃厚になっていくため、もはや、『奇跡講座』への
橋渡しとなる良き参考書とは言えなくなっています。
さらに、二作目にも三作目にも、読み方によっては、ワプニック博士がレナード氏の著作を
歓迎し支持していたかのようにも解釈できそうな記述が含まれていますが、私が直接
ワプニック博士から聞いた限りでは、そのような事実はなかったことを、付け加えておきます。
(私は、第三作目を翻訳することについて、ある出版社からお話をいただいたことがありましたが、以上のような理由で、お断りしました。)
[2014年10月28日]