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JQA#39: 「奇跡の第一原理」を「使う」ということの意味は?

jacim q&a

※これは、JACIMフォーラム内の「講義室」で行われた講義「聖霊のレッスン」の中でお答えしたものですが、「講義室」に参加されていない方々にも参考になりそうな内容ですので、一部編集して、ここに転載します。
 


【質問】


テキスト第6章の以下の部分ですが:


聖霊にとっては奇跡に難しさの序列はない。このことは、今ではあなたにとって充分に聞き慣れたものとなってはいるが、まだ信じられるものとなっていない。したがって、あなたはそれを理解せず、それを使うことができない。
(T -6.V.A.4:1-3)


この中で言っている「この原則を“使う”ということ」は、「真の赦しを行うこと」であるという理解で大丈夫でしょうか?


そして、「聖霊のレッスンA」についての解説(書籍版では43ページ)で、「・・この原則を信じ、理解し、使えるようになるまでは練習が必要」という文の中の「使える」が意味しているのは、「破壊する赦しではなく真の赦しになる」ということと考えて良いでしょうか?


それから、「聖霊のレッスンC」 の中の以下の文についてですが・・・


聖霊はこの光に適合するものは何でも保持しておく。それはあなたの中の神の国を強化するためである。部分的に適合しているものは受け入れて、浄化する。しかし、まったく適合していないものはそれを不適と判断し、拒絶する。このようにして、聖霊は神の国を、非の打ち所のない一貫性のある完全に統一されたものに保つ。(T-6.V.C.1:3-6)


この箇所についての講義の中で、以下のように解説されています:


罪悪感や不満や憎悪などを何でも、この心の中の光へ運んでいってそこで、聖霊の思考体系に照らして、自我の闇の想念をただ眺めるだけで充分です。(書籍版では125ページ)


この部分は赦しの実践ということだと思ったのですが、その理解で大丈夫でしょうか?


もし「使えるようになる」ということを更に理解するために役に立ちそうなところがあれば教えていただけると嬉しいです。


よろしくお願いします。


 
【回答】

 

まず、「奇跡の第一原理」を「使う」というのは「真の赦しを行うことである」という理解で大丈夫かどうか、という点ですが、厳密に言うと、少し違います。


確かに、「赦し」と「奇跡」は、ほぼ同じもののように扱われることもありますが、厳密に言えば、少しだけ、焦点の合わせ方が違っています。


「奇跡」は、「心の変化(自我から聖霊へ)を可能にするもの」で、その変化が起こった状態では、「赦し」が可能となります。


そして、「奇跡に難しさの序列はない」という概念を「使う」ということの意味は、次のようなことです。


例えば、「レストランでウェイトレスの愛想が悪くてイライラした」というのと、「突然、失業して、途方に暮れている」という状態とを比べてみて、どちらも同じだと思えますか? 普通は、「失業」の方が深刻な問題だと考えるはずです。


そう考えているなら、まだ、「奇跡に難しさの序列はない」という概念を信じていないことになります。
でも、もし「奇跡に難しさの序列はない」と信じることができているなら、上記のどちらの場合に遭遇しても、「どちらも、自我を教師としている状態だから動揺しているのだ、という意味で同じである」と理解して、動揺しないでいることができます。


それができている状態は、心の中で聖霊が選択されているということの「証拠」となります。そして、あらゆる状況において、そうした態度でいられるようになったなら、「奇跡に難しさの序列はない」を修得したと言えることになります。つまり、この「奇跡の第一原理」を、例外なく使えるようになったということになります。


でも、最初から、あらゆる状況でこの原則を使うことはできないので、「こういう状況ではできるけれど、あのような状況では、まだできない」というような経験を通過していきます。このようにして、この原理を使う「練習」をしていきます。


以上のことを説明している箇所を、テキストから引用しておきます。

 
奇跡は、学びが正しい指導のもとに為されたことを実証する。学びは目に見えず、学ばれた内容はその成果によってしか認識できないからである。あなたが学びをより多くの状況で活用するにつれて、学びの普遍化が実証されていく。奇跡をあらゆる状況に適用するとき、あなたは自分が、奇跡に難しさの序列はないことを学んだと認識するだろう。奇跡が適用できない状況というものはない。そして奇跡をすべての状況に適用することにより、あなたは実相世界を手に入れる。(T-12.VII.1:1-4)
 

 

それから、次の点: 

この箇所についての講義の中で、以下のように解説されています:

罪悪感や不満やや憎悪などを何でも、この心の中の光へ運んでいってそこで、聖霊の思考体系に照らして、自我の闇の想念をただ眺めるだけで充分です。(書籍版では125ページ)

この部分は赦しの実践ということだと思ったのですが、その理解で大丈夫でしょうか?
 

はい、その理解で大丈夫です。この部分は、赦しの実践(特に第2ステップ)のことを言っています。でも、これは、「奇跡の第一原理」を「使う」という話とは別のことです。
 
 

[2019年7月15日]

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