JQA#4: 自我の声とは?
【質問】
聖霊の声を聴くことを努力していますが、今度は逆に、自我の声とは何なのかが分からなくなりました。
たとえば、心の中で、自分の声で絶えずつぶやいているものが自我の声なのでしょうか?
あるいは、そうした内心のつぶやきとは別のものとして自我の声というものがあるのでしょうか?
【 回答】
「自分」というものそれ自体が「自我」であるという意味においては、
「自分の声で絶えずつぶやいているもの」は「自我の声」である、
と言えますが・・・
「自我の声を聞くか、聖霊の声を聞くか」という選択
について語っている場合に問題になる「自我の声」というのは、
そうした「内心のつぶやき」そのものではありません。
この世界にいる私たちがそうした「つぶやき」を聞いている状態というのは、
時空の外にある心がすでに選択した「自我の声」の結果を見ている状態です。
結果ではなく原因にまでさかのぼって別の選択をすることができなければ、
意味のある変化は起こりません。
ですから、
「結果」のレベルの「自分の声のつぶやき」を超えて、
「原因」のレベルの「自我の声」に気づいて、
そこから「聖霊の声」を選びなおす、
ということを、このコースでは目指しているわけです。
すでに心の中で「自我の声」が選択されているからこそ、
私たちはこの世界に生きる個人として存在しているのですから、
普通の人の場合、
この状態で考えることの大部分が、自我の傘の下の考えです。
一つの「つぶやき」から、別の「つぶやき」に移行しても、
依然として、同じ自我の傘の下にいます。
このコースを学ぶ私たちの目標は、この「傘」自体を手放して、
別の「傘」(=聖霊)と取り替えることです。
ところが、この世界では、
「傘」の下に、ありとあらゆる考えや物事や出来事があるので、
どれが「傘」なのかわからなくなっている状態にあります。
別の「傘」を望んでいると思っているけれども、実際には、
同じ「傘」の下で別な形の助けを求めているだけだったり、
自分では「傘」を取り替えたつもりでも、まだ同じ「傘」の
下で居場所を変えただけだったり・・
ということが、よくあります。
ですから、ビデオ「二つの声の聞き分け方」の中で述べられているように、
簡単には見分けられないような形で隠れている「自我の声」を
聞き分ける訓練が必要なのです。
この区別をしっかりと妥協なく教えてくれるのが、
『奇跡講座』であると言えます。
*以下も参照してください。
― ワンポイント解説:「内容と形態を区別する」
― V#1:「二つの声の聞き分け方」
[2014年8月16日]