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「決断の主体」について

ワンポイント解説

昨年の半ば頃から、JACIM読者の皆様からの質問の中で、「決断の主体」に関するものが目立つようになりました。
 
そのほとんどが、「時間と空間を超えた心」のレベルでの選択と、「今この世界の中で肉体をもって存在していると感じられる自分」による考えや選択との間の「ギャップ」のように感じられるものに関する質問でした。(たとえば、「無意識の領域での決断なのだから、今ここにいる自分が選んでいるとは思えない」など。)
 
最近も、もう一つ、少し別な角度から同じトピックのご質問をいただきましたが、それにお答えする前に、まず、この「決断の主体」(さらに、「時空の外にある心」、「頭脳とは違う次元にある心」)というテーマ全体をどう捉えるべきかについて、少し述べておきます。
 
この「決断の主体」(the decision maker 、または the decision-making mind)という言葉を使って解説しているのはケネス・ワプニック(FACIM)のみですが、これは『奇跡講座』の中で、理解するのがもっとも難しい側面の一つと言えます。長年 FACIM から学んでいる人々の間でもよく混乱や疑問が生じるトピックです。
 
ですから、まず初めに、「これは理解するのが非常に難しいことである」と認識することが、助けになります。最初から、すぐに「全部わかった」と言えるようなものではない、ということです。
 
図解などを見ながら概念としての概略を理解するのは、それほど難しいことではありませんが、本当に納得できるレベルで、体験的にわかり始めるまでには時間がかかります。また、わかり始めたという体験が得られるようになってからでも、さらにその理解が深まっていくプロセスはずっと続いていきます。
 
ですから、これは、「論理的に考えていくことによって、理路整然とした形で理解できる」といった性質のものではありません。
 
というのは、このように、この概念が理解しにくくて、理解しようと努力してみても混乱してしまうようなものとなっているということ、それ自体が、自我による防衛だからです。
 
「心」や「決断の主体」について容易に理解できないような「頭脳」というものを、自我が作り出したということ自体が、防衛なのです。
 
ですから、「時間と空間を超えた心の中で為されている決断」というものを思い描こうとしてみて、「なんだかよくわからない」と感じるなら、その混乱の感覚を、一度ゆっくり味わってみることも役に立ちます。
 
そのくらいスケールの大きい防衛について語っているのが『奇跡講座』なのだということを実感として感じることができれば、それによって、このコースに正しく向き合うことができるようになります。つまり、謙虚になることができます。
 
そして、このコースで言う「心」や「決断の主体」というものがよく理解できない・・という疑問がわいてくる段階に到達したなら、それはむしろ、一つの進歩の表れだとも言えます。なぜなら、最初は誰でも、このコースの中の「心」という言葉について、あまり深く考えずに、普通の「心」と同じように考えて読み進んでいくからです。ですから、ある時点で、「もしかしたら、今まで自分が考えていたよりもずっと深いことを言っているのかもしれない」という理解が訪れてきたら、それは明らかに進歩なのです。


以前のQ&A#68で、次のように述べられている通りです。


私たちが実践すればするほ ど、『奇跡講座』 を読むとき
に理解が深まります。そしてこの「理解が深まった」ということ
の意味は、たいていの場合、自分が以前は理解していなかった
と気づいたり、今、理 解していないとわかったりする、ということ
なのです。


そして、特に、「決断の主体」や「心」についての理解の場合は、厳密に論理的に頭で理解しようとしてもうまくいきません。


 
その理由は、自我の目的の核心にあるのが、私たちに「自分は心である」という自覚を忘れさせておくことだからです。ですから、私たちが自我と同一化している限り、「心」や「決断の主体」について完全に理解することはできません。


私たちが自我と同一化している間は、その同一化の度合いに
応じて、「決断の主体」の選択の力についての厳密な理解を手に
入れようとする努力は失敗に終わります。 ― ケネス・ワプニック
したがって、「心」や「決断の主体」をよりよく理解するための方法は、自我との同一化を緩めていくことでしかありえません。そして、その方法とはもちろん、赦しの実践です。


 
ですから、赦しの実践を続けていくことによって、「決断の主体」について、体験的な理解が深まっていくようになる、ということなのです。


* * *


前置きが長くなりましたが、冒頭で触れた質問にお答えします。


「決断の主体が、DVD「原因についてのコース」では、忘却のベールの遙か彼方に位置するように描かれている一方で、『赦しのカリキュラム』の80ページでは、自我が活動している様子を観察している自分が決断の主体だと説明されています。


 
しかし、自我を観察している自分は、すぐそこにあるように感じられ、忘却のベールの彼方にあるという説明との間に、接点が見いだせずにいます。これはどのように説明されるのでしょうか?」


「原因についてのコース」の中で使用した FACIM の解説図も、『赦しのカリキュラム』の80ページの説明も、決して矛盾したことを述べているわけではありません。同じことを述べています。


あの図から理解すべき重要な点の一つは、「忘却のベールがある」という比喩で表現できるような隔たりが、「私たちの頭脳の思考」と「心の中での決断」との間に存在しているように見えている、というところです。それを、あのような平面図で表現しようとする場合、その「隔たり」は「距離」のように見えるものとなってしまいますが、それを別の形で表現することも不可能ではありません。たとえば、心と頭脳を、「同じ空間を占めて重なっているもの」として、立体的なイメージで描くこともできると思います。その場合、「忘却のベール」に相当する別の比喩としては、たとえば、「鍵のかかった扉」とか「迷路」などといったイメージになるかもしれません。


 
けれども、言葉と同じく、図解も象徴にすぎません。実際には、「心」はどこかの「場所」に存在するものではないので、厳密に言えば、「遥か彼方にある」わけでもないし、「すぐそばにある」というわけでもありません。
 
肝心なのは、「忘却のベールを超える」とか、「閉ざされていた扉を開ける」といった比喩で表現できるものに相当することが起こっていなければ、このコースの言っている「決断の主体としての心」にはアクセスできていないという点です。


 
『赦しのカリキュラム』の80ページは、これと同じことを、「自分の自我を裁くことなく直視すること」とか、「イエスの愛を傍らにして、自分の自我が活動している様を、裁く気持ちや罪悪感を持たずに見る」というふうに表現しています。そこだけをさっと読むと、個人としての私たちが頭脳で考えている自分の思考を普通に観察することについて述べているだけのように見えるかもしれませんが、そうではありません。「自我を裁くことなく」とか、「イエスの愛を傍らにして」とか、「裁く気持ちや罪悪感を持たずに」という表現が含まれていることと、これが「心にアクセスする方法」として述べられていることから、ここでも、赦しのプロセスに相当することを簡潔に述べているということがわかります。そして、赦すときには、必ず「忘却のベール」を超えることになります。


 
ですから、「決断の主体」は、必ずしも距離として「遥か彼方にあるもの」と考えなくてもかまいませんが、どのようにイメージするにしても、普通の頭脳の思考から隔てられている領域に視点を向けることによってしかアクセスできないものだということなのです。


 
なぜなら、頭脳や肉体は、自我と同一化した心が、「自分は心ではない」と思い込むために作り出したものだからです。


 
そして、赦しとは「自分は本当は心なのだ」と思いだすためのプロセスだからです。


 
そういう意味では、「遥か彼方」という距離感は重要ではないとはいっても、逆に、「決断の主体はすぐそばにある」という考えを安易に受け入れることで、その隔たりを曖昧にしていないかどうか、「忘却のベール」を超えていないのに超えたということにして、自分をごまかしていないかどうか・・ということを、自問してみることも大切です。


 
いずれにしても、このすべては、赦しの実践のプロセスの中で、「実地訓練」をしながら、理解を深めていけるはずです。


 
最後に、この世界の中に生きていると思っている私たちにとっては、「心」について考えるときも、普通は「頭脳」の視点から考えることしかできないので、赦しのプロセスも、「心にアクセスする」とか「決断の主体に戻る」などというように、「頭脳」が主体となった言葉を使って説明されています。けれども、本当は、すべてがただ心の中で起こっているだけです。まず先に心の中で選択されていることを、この世界のレベルで、私たちが「自分が考えたこと」として眺めているだけなのです。赦しによって、このことの理解も深まっていきます。


 
*関連Q&A:


― Q&A#95 「心について、どのようにイメージすればいいのでしょうか?」


― Q&A#68 「私の理解は深まっているのでしょうか?」

 

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