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質問137:  自分について嫌いな側面は、罪悪感の投影ですか?

facim q&a

「自己概念」と罪悪感の関係について、質問があります。「自己概念」についての私の理解は、このような感じです: 鏡の中に自分を見て、私は「肉体としての自分」についての何が好きで、何が嫌いかを吟味します。自分が誰について考えているか。世界の中で、私は経済力的にはどの辺りにいるのか。私は、他の人々と比べると自分はどのように見えると信じているのか。他の人々と比べて、私は世界のどの辺に位置づけられるのか、などについて考えます。そして、「私自身」について、「好き」な側面と「嫌い」な側面があることがわかります。

『奇跡講座』によれば、私が自分自身について嫌っている側面は、実際には、まだ癒されていない罪悪感の投影であり、世界の中に作り出された「偽りの自己」や「肉体としての自分」に対して、私が投影しているものである、という理解で、正しいでしょうか?

  

回答

あなたがご自身についての何が嫌いなのかについて、もっと具体的な情報がないと、それが「癒されていない罪悪感の投影」なのかどうかを判断するのは難しいです。


おそらく誰も聞きたくないことを言わせていただきますが、あなたが自分自身について好きだと思っていることでさえも、癒されていない罪悪感から生じているということがありえるのです。すべては、あなたが心の中で選択したゴールは何かによって決まります。もし心の中で〈決断をする主体〉としてのあなたが、「個人としての自分は確かに存在している」ということの確証を得ようと躍起になっているのなら、たとえば「親切で、寛大である」といった、一見ポジティブな特質でも、自分が特別な存在だということを人々に気づいてもらうための方法となりえるのです。その場合、それは「癒されていない罪悪感」に対処するための自我のやり方です。つまり、あなたが本当に善良で罪のない人であるように見せることのできる自己概念を使って、罪悪感を覆い隠そうとするわけです。


けれども、それと同じ特質を赦しのために使うこともできます。赦しのために使うなら、「自分は他の人々とは異なる特別な存在となりたい」ということへの執着を減少させる効果がありますから、罪悪感に対処するための非常に効果的な方法となるのです。同様に、この世界における成功がどのような形のものであれ、それがあなたの自我の表現となることがありえるわけですが、その表現に、「自分の利害は、他の誰の利害からも切り離されたものではない」ということを学ぶという、別の目的を持たせることもできます。だから、「愛は比較しない」(W.pI.195.4:2)、「自我は文字通り比較によって生きている」 (T.4.II.7:1) と言われているわけです。あなた自身を他者と比較することは、究極的には差異というものが実在すると見なすことになりますが、それこそが、自我の存続に不可欠なものなのです。


覚えておくと役に立つのは、あるレベル(レベル1)においては、「自己概念」というものはすべて、「ポジティブ」と判断されようと「ネガティブ」と判断されようと、自我に属するものである、ということです。なぜなら、「自己概念」とは、私たちが拒否した真の自己であるキリストの代替えだからです。 これが、「自己概念 対 自己」という題名のセクション (T.31.V)の主要なテーマです。


けれども、もう一つのレベル(レベル2)では、「自己概念」は、私たちが心の中の〈内容〉に触れるのを助けるものとなります。すなわち、自我か聖霊かのどちらかと同一化する選択の力を使うのを助ける手段となりえるのです。このことは、「目的に焦点を合わせる」という学びの重要性を指し示しています。


だから、以下のように強調されているのです。


これこそが、すべてのことに関連してあなたが尋ねることを学ぶべき質問である。
その目的は何なのか。 (T.4.V.6:8-9)


もしここに焦点を合わせるなら、「自己概念」についてのあなたの学びは、あなたの心の中の罪悪感を癒すのにもっと役に立つものとなります。この罪悪感とは、私たちが自我によりその実在性を確信させられているものですが、イエスはそれが作り話であって、決して正当化できないものであることを、私たちが学べるように助けてくれるのです。

 

[2024年5月1日]

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