質問149: 「権威の問題」とは何か
このところ私は、『奇跡講座』が「権威の問題」と呼んでいるものについて、ずっと考えています。私なりの理解によれば、私がここに居て自分の人生を生きている「理由」について、私が信じていることと神が「信じている」こととの間に、絶え間ない葛藤があるという意味だろうと思っています。でも、残念なことに、このコースが教える概念の殆どについての私の理解は、これまで的外れだったことがあるので、この「権威の問題」も、私はよくわかっていないのではないかと感じています。私の理解で、少しは正解に近いところがあるでしょうか?
回答
実は、あなたの理解は、それほど的外れというわけではありません。
いつか誰かが言った言葉で、「あなたがパイロットで神が副パイロットなら、席を交換しなさい!」というものがありましたが、『奇跡講座』は、問題はそれよりもっと深いところにあると述べています。
権威の問題は、依然として、葛藤の唯一の源である。なぜなら、自我とは、神の父になりたいという神の子の願望から作り出されたものだからである。それならば、自我は妄想的体系以上のものではなく、その中であなたが自分で自分の父を作り出したにすぎない。 (T.11.in.2:3,4)
これは、上記の引用箇所の後の文(2:6)でも言われているように、明らかに狂気でしかありません。それにもかかわらず、私たちはこの葛藤を心の中で激化させ、さまざまな形であちこちに投影し続けています。なぜなら、私たちは、自分を創造した源としての神に服従することは、死刑の宣告に相当すると信じているからです。あるいは、少なくとも、自分が望むように存在することはもはや不可能になると、信じています。
自我による投影により、あたかも神の意志があなたの外にあり、それゆえにあなた自身の意志ではないかのように見せかけられている。この解釈においては、神の意志とあなたの意志が葛藤することが可能であるかに思える。そうなると、神はあなたが与えたくないものをあなたに要求し、それによってあなたが望むものをあなたから奪うように見えるかもしれない。・・・ あなたは神の意志を恐れているが、その理由は、それが自分の意志ではないと信じているからである。この信念が、あなたの病気の全容であり、あなたの恐れの全容である。 (T-11.I.9:1,2,3; 10:3,4).
ですから、個人としての自律的な存在の仕方にあなたが価値を見出している度合いに応じて、あなたは「自分がそうした存在の仕方を手に入れて維持するために、神の力を横領したので、神がその力を取り戻そうとして追いかけてくる」ということを、無意識のうちに信じることになるのです。これが、自我の思考体系の核心にある「二つに一つ」の原理ですあり、恐れというものは、そこから生じている不幸な結果なのです。
[2025年4月30日]