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質問91: 「奇跡」と「聖なる瞬間」の違いは何ですか?

facim q&a

この本の題名を考えると私には意外に思えるのですが、このQ&Aシリーズの中では、『奇跡講座』における「奇跡」という言葉の厳密な意味とその使われ方について、ほとんど論じられていません。

 

「奇跡」と「聖なる瞬間」とはどういう関係にあるのでしょうか。私の印象では、このコースにおいて使われている「奇跡」という用語の真の意味について、理解が深まったものが「聖なる瞬間」であるように感じられるのですが、実際はどうなのでしょうか。

 

 

回答

この二つの用語は、『奇跡講座のための用語解説集』(ケネス・ワプニック著)によれば、おおむね次のように定義されています。

 

「奇跡」とは、心の中で生じることであり、外的なものではない。罪や罪悪感や恐れからなる自我の世界を見ることから、聖霊の〈赦し〉の世界を見ることへと私たちの知覚を移行させる心の変化のこと。心に、原因となるという本来の機能を取り戻すことで、投影を逆転させ、私たちがもう一度選び直せるようにする。

 

「聖なる瞬間」とは、時間の外にある瞬間のことであり、私たちが罪悪感の代わりに〈赦し〉を、不平不満の代わりに奇跡を、自我の代わりに聖霊を選ぶことで訪れる瞬間のこと。現在に生きようという私たちの意欲の表れ。現在に生きることは、永遠へと開かれていくことであるのに対し、過去にしがみつき未来を恐れて生きることは、私たちを地獄につなぎ止めている。

 

ですから、この二つの用語は区別されるべきものです。神からの分離が実際に起こったと信じるという私たちの決断から、心の中で二つの間違った知覚が生じたわけですが、これら二つの用語は、その二つの知覚について言及するために使われているのです。つまり、私たちを一体性へと戻すために必要な思考の訂正において、二つの別な側面を強調するために、二つの用語を用いているのです。

 

奇跡についての教えは、概して、自分の根本的な問題や、それらの解決法は自分の外側に(すなわち、この世界や肉体の中に)あると考えがちな私たちの傾向を訂正するためのものです。一方、このコースが「聖なる瞬間」について語るときには、概して、自らの赦そうとしない気持ちや恐れを正当化するために、過去や未来に焦点を合わせてしまうという私たちの習癖を訂正しようとしています。

 

ある意味では、このコースのすべての用語の意味はひとつに溶け合うことになるとは言えます。それらは、一つの間違った想念と、その想念の訂正に言及しているからです。ですから、このコースは、そのメッセージが意味することについては断固とした態度をとっていますが、そこで使われている用語については、ある程度の幅をもって捉えることを容認しています。その「形態」よりも、その「内容」の方が、つまり、そのメッセージを表現している言葉よりも、このコースのメッセージそのものと、私たちがそれを受け入れるということの方が、はるかに重視されているのです。

 

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