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質問94: 意識には、いくつの次元が存在するのでしょうか?

facim q&a

意識には、いくつの次元またはレベルが存在するのでしょうか? 私たちはみな、物理的な次元には馴染みがあります。私たちの注意はそこに向けられているからです。また、私たちの多くは、アストラル界の次元にも馴染みがあります。その次元は物質界の「すぐ隣」にあるように思えるからです。そして、私たちはこの二つの次元の間を行ったり来たりするように見えます。けれども、数多くの形而上学者たちにより語られているメンタル界やコーザル界(さらには、これらを遥かに超えた、その他のいくつもの存在の次元)といったものには、どんな意味があるのでしょうか? (これは、もちろん、幻想の中での話だということはわかっていますが。) 意識には、階層があるのでしょうか? (これも、もちろん、幻想の中での話ですが。)

 

神のもとに帰る道を見つけることは、エベレスト山に登るようなものなのでしょうか? つまり、意識のそれぞれの次元に、いくつかのベースキャンプを設置する必要があり、時にはそれらのキャンプに戻らなければならないということもあるけれども、いずれ最終目的地に到達できるようになる、というようなものでしょうか?

 

回答

意識にどれくらいの数の次元またはレベルが存在したところで、それは、『奇跡講座』の関心の対象ではありません。

 

「個人の意識」の構造といったものは、もとより、対象外である。なぜなら、それは「原初の誤り」すなわち「原罪」を表象する概念だからである。(C-in.1:4)

 

このコースが教えているのは、私たちの問題とは、「そもそも意識というもの(そのすべてのレベルや次元を含む)を導入した分離の想念が実在すると、私たちが信じているということ」である、ということです。(T-3.IV.2)『奇跡講座』の中で提示されている、聖霊のカリキュラムの真のゴールは、その分離の想念を抱いている心を癒すことにあります。そして、この癒しは〈赦し〉のプロセスを通して達成され、それにより、自我の知覚が聖霊の知覚へと入れ替わります。このコースの教えの土台をなしているのがこれらの原理であり、もし私たちが神へと戻っていくための自分の道としてこのコースを選ぶなら、これらの原理が、私たちが辿っていくべき一歩一歩を示してくれます。

 

『奇跡講座』を学ぶ際には、このコースが肉体や世界に言及しているときはいつでも、そこにはそれらのどの側面もすべて含まれている(つまり、アストラル体や、エネルギー・フィールドや、意識や、あらゆる種類の次元が含まれている)ということを、覚えておくと助けになります。それらはみな等しく、分離という幻想の一部を成しており、それゆえに実在していません。イエスはこの点に関して、ドキっとするような質問を、私たちに投げかけています。

 

もしあなたが、この世界は一つの幻覚だと認識したならどうだろうか。(T-20.VIII.7:3)

 

狂人の信じる幻覚は、大きなもののほうが小さなものより一掃しにくいだろうか。(M-8.5:2)

 

このことは、ものごとをきわめてシンプルにしてくれます。けれども、肉体と同一化することに愛着をもっている私たちには、このコースのこの重要なメッセージを学ぶことに対し大きな抵抗があります。分離やこの世界を実在するように見せる一つの方法は、幻想のすべての部分の価値をはかる尺度となる「価値の順位」を作り上げることです。(T-23.II.2:1-3)

 

このコースの中で語られている心は、時間と空間の外にあり、意識のすべてのレベルや、メンタル界や、アストラル体などを超えたものです。その心が聖霊(神の記憶を象徴する存在)と同一化することを選ぶことにより、私たちは最終的に、幻覚のすべての部分との同一化をやめることができるようになるのです。

 

このプロセスにおいては、自我の複雑さの曲がりくねった「入り組んだ道すじ」を解きほぐすことも、通り抜けることも必要ではありません。

 

恐れが地下に潜伏し、闇に紛れ、その正体とはまるで違った形で浮上してくるまでに通過する入り組んだ道すじを、すべて辿っていく必要はない。だが、あなたがそれらの形のすべてを支配している原則をもち続けようとしている間は、それぞれの形を点検することは確かに必要である。あなたがそれらを別々のものと見なすのではなく、同じ想念がさまざまに異なる形で現れただけであり、しかもそれは自分が望まない想念だと、自ら進んで見なそうとするとき、それらはすべて一緒に消えてゆく。
(T-15.X.5:1-3)

 

この一節は、あなたの質問の答えとなる原則を含んでいるのみならず、「意識」というものをもたらした想念を取り消すプロセスについての重要な情報も含んでいます。分離の想念は、数多くの形をとってきました。私たちに求められているのは、自分がこれらの数多くの形をどのように使用して、この単一の想念を隠そうとしているかを、自覚するようになることです〔*訳注〕。そうすれば、私たちは、それらがみな同じであることがわかるようになります。

 

私たちは、この世界と肉体が実在することを証明するために、それらのすべての形を使います。聖霊は、それらの形を使って、それらが無であり、私たちが真に望んでいるものを決して与えてはくれないということを私たちに教えます。肉体と同一化するよりも、自分の心の中の聖霊ともっと頻繁に同一化することを学ぶことが、私たちをわが家へと導いていきます。 私たちが設置しなければならない唯一のベースキャンプのある場所は、私たちの心の中です。そこが、意識の暗闇や、それを生み出した分離を払拭することになる光を、私たちが見出す場所なのです。

 

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〔*訳注〕ここで述べられている、「隠されているものを、自覚するようになる」といった概念は、【質問55】「意識は幻想にすぎないのでしょうか?」などで語られている「無意識化されたものを意識化する」という概念と、同じことを意味しています。

 

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