V#22: 聖霊
[投稿日:2018年2月4日]
ケネス・ワプニック博士による2009年の講話です。
『奇跡講座』の「聖霊」とはどのような存在なのかについて、簡潔に説明しています。
◆引用箇所
00:17 - 「聖霊は、聖なる三位一体の中で象徴としての機能をもつ唯一の位階である。」(T-5.I.4:1)
00:39 - 「二番目はない」 T-14.IV.1:8、T-14.IV.4:8
時間における最初ということには何の意味もないが、 永遠における最初とは父なる神であり、神は最初にして 一なるものである。最初を超えれば、他に何もない。 なぜなら、序列はなく、二番目も三番目もなく、 ただ最初があるだけだからである。
神はあなたをご自身から創造したが、依然としてご自身の 内側に創造した。神はあなたの本性を知っている。 神にとって二番目はないことを覚えておきなさい。 したがって、神の聖性をもたない者も、神の完全なる愛 を受けるに値しない者もあり得ない。
00:42 - 「父と子と聖霊は一なるものである。」 (T-21.I.5:3)
01:48 - 「神の内なるわが家にいながらも、流刑の身となった夢を見ている。」(T-10.I.2:1)
◆ (00:52) 「聖霊も一つの幻想であると認識しなければなりません。」
これについては、 『奇跡の原理』の中の「原理38」(p245ー251)も参照してください。そこには、「聖霊が幻想である」ということについて、もう少し厳密な説明があります。すなわち、聖霊の「機能」は幻想であり、その「エッセンス」とも言える部分は、神と共にとどまり続けているという意味で幻想ではない、ということです。言い換えると、このコースを学んでいる間に私たちが経験する聖霊の側面はすべて幻想です。けれども、聖霊自体は神に創造されたものですから、私たちが学びの旅を終えたあとも、神と共に存在し続けます。
上記 (00:17)の引用文の「聖なる三位一体の中で象徴としての機能をもつ唯一の位階」(T-5.I.4:1)というところが、神とひとつである聖霊であっても、幻想の機能も担っているということを意味しています。以下の段落も、関連個所として引用しておきます。
聖霊とは、知覚を超越した智識を自覚しているキリストの心である。聖霊は、分離が起こるとともに、保護の仕組みとして存在するようになり、同時に贖罪の原理を喚起した。それ以前には癒しの必要というものはなかった。慰めをもたない者などいなかったからである。聖霊の声は、贖罪への呼びかけであり、すなわち、心の完全性の回復への呼びかけである。贖罪が完了し、一なる子の全体が癒されたときには、帰還への呼びかけはなくなる。しかし、神が創造するものは永遠である。聖霊は、神の子らの被造物たちを祝福し、彼らを喜びの光の中に保つために、神の子らと共にとどまるだろう。(T-5.I.5.)
また、このビデオの中でも言及されている「用語の解説」の「聖霊」に関する説明(C-6.)も、同じことを述べています。