JQA#5: 具体的な問題への答えについて
【質問】
ビデオ「二つの声の聞き分け方」、とても参考になりました。
と同時に・・・
反射的にテキスト第11章Ⅷ「問題と答え」第5段落の「あなたが問題は具体的なものだと信じている間は、聖霊はどの具体的問題にも答えるだろう。」 が思い出されて、ちょっと腑に落ちない点もあります。
もちろん、ワプニック博士も1000も承知のことでしょうが、この点はどうなんでしょうか・・・
N.K.
【回答】
JACIMの「奇跡講座の学び方」のページの「『奇跡講座』の形態と内容」という見出しのパラグラフを参照していただくと、次のような文があります。
「『奇跡講座』は隠喩を用いて書かれていますから、形の上では、多くの矛盾した文言が見ら れます」
これはワプニック先生が、よく言っておられたことです。
ご指摘の点は、まさにこのような「形の上での矛盾」のよい例です。
ただし、厳密には、「一見すると矛盾のように見えるだけ」と言う方が正確です。
よく読めば、辻褄は合うのです。
まず、両方をつなぐ鍵となるのは、ビデオの中(1:43あたり)の、「私たちに必要なのは、具体的な “愛の体験” です」という言葉です。
つまり、聖霊に求めた結果得られる具体的な答えとは、「具体的な “愛の体験”」である、ということです。
聖霊の答えは常に愛の反映です。
けれども、受け取る側の私たち自身が「自我」なので、私たちは答えを何らかの具体性を通してしか認識できず、何らかの具体的な形として経験します。
それが、「疑問に思っていたことに対する答え」とか、「誰かとの和解」とか、「病気の癒し」などという
「形」をとる場合もあるかもしれません。
そのような「形」でしか愛を体験できない状況にいる人は、そうしたことを経験することもあるでしょう。
このビデオで言っていることは、そういったことが起こり得るということを否定するものではありません。
ビデオの中で言われている「具体的なことに関する答えが聞こえる」とは、日常的なことについて、たとえば、「・・・のためには、・・・へ行って、・・・をしなさい」といったこまごまとした助言のようなレベルのことです。
また、具体的なことには、常に特別性が関わってきます。
ですから、それは決して「罪」ではないけれども、このコースが目指している方向にあるものでないことは明らかです。たとえば、具体的な「神のお告げ」を聞いたと思い込んだ人が、その「権威」を笠に着て人々を惑わしたりするというようなこともあり得るわけですから、そういう意味でも、この世を超えたレベルから来る具体的なアドバイスというものには常に何らかの危険が伴うということは、単なる常識のレベルでも納得できることではないでしょうか。
時々このコースの「聖霊」が、まるで魔法使いか占い師のように、願いをかなえてくれたり日常的なアドバイスをしてくれたりする「内なる声」と解釈されることがあるようですが、ワプニック先生は、いつも、はっきりと次のように述べていました。
「そのようなものとして聖霊を使うのは、このコースの甚だしい歪曲である。
そうしたことを求めている人は、わざわざこの分厚いコースを購入して
苦労して難しい内容を理解しようとするには及ばない。世の中には、
自分の「内なる声」にアクセスして、ありとあらゆることを教えてもらえる
ようになる方法を教えるスピリチュアルなシステムというものは、
他にいくらでもあるのだから、それを学びたい人は、そうした教えから
学べばいい。『奇跡講座』はそのようなコースではない」と。
つまり、「内なる声からの具体的な答え」というものは「起こり得ないもの」だと言っているわけではなく、単に、そうしたことはこのコースの教えの核心ではない、ということです。
11章の「問題と答え」のセクションも、文脈としては、「問題は一つであり、答えも一つ」という、
このコースの核心をなすメッセージが述べられている箇所です。
その文脈の中で、
「あなたが問題は具体的なものだと信じている間は、
聖霊はどの具体的問題にも答えるだろう」
・・・という文が出てくるわけですから、ビデオで言われていることと矛盾しません。
「本当は問題は一つで答えも一つだが、まだ多くの問題があると思っているあなたには、
すでに与えられている一つの答えが見えていないので、聖霊からの愛という一つの答えは、
あなたの直面している具体的な状況に即した形で表われてくれる」と言っているのです。
(この辺りのことは、『天国から離れて』の17章にも詳しく書かれてありますので、もし興味があれば、ご参照ください。)
[2014年8月18日]