ケネス・ワプニック インタビュー第4回
『奇跡講座』の最初の印象
IP: その最初に読んだ箇所を覚えていますか?
KW: はい。最初の一つは「彼らが訪れたので」(T-26.IX)で、もう一つはテキスト末尾の「もう一度、選び直しなさい」(T-31.VIII)でした。これらはヘレンが気に入っていた2つのセクションです。私はそれらを読んで、衝撃を受けました。言葉遣いが非常に美しく、しかもそれらは深い含蓄のあるものだったからです。私はヘレンに言いました。「シェークスピアに匹敵するほど美しくて、それと同時に重要なことも述べている文章に出会ったのは、これが初めてだ」と。
IP: あなたが気に入っている一節はどこですか?
KW: やはり、「彼らが訪れたので」ですね。
私はその後の自分の人生について、すっかり方向転換してしまいました。これが私の探し求めていたものだと確信しました。私は修道院に埋もれる必要はなかったのです。常に私を悩ませていたことの一つに、「もし私が修道院に留まってしまったら、心理学者としての私の技能は無駄になってしまうだろう」ということがありました。それについては、何か間違っているように感じていたのです。でも『奇跡講座』に出会い、読み始めたとき、私は、これこそが私の経歴と技能のすべてを使える完璧な道だと悟りました。『奇跡講座』は、心理学と霊性を統合する完璧な道でした。
IP: あなたはその文献を、ただ自分が学ぶべきものと感じたのですか?
KW: 最初のステップは、まずそれを読むことでした。最初はかなりのスピードで読みました。もちろん、その後は、もっと注意深く読みました。そして、これが自分のやるべき仕事だということが、ただ「わかった」のです。つまり、私はヘレンとビルと共にニューヨークに留まるべきだということ、そして、これが私のライフワークだということ。それがはっきりとわかりました。
私は修道士にはならないことになり、両親は胸をなで下ろしました。私がカトリック教徒であることを誰にも話さなくてよくなったからです。そのことは表に現れなくなりましたからね。私はニューヨークに戻ってきたし、医療センターで立派な仕事にも就きました。……と言うか、そのように両親は思ったわけです。なぜなら私は、ほとんどの時間をヘレンやビルと共に過ごしていたからです。両親はその後、ヘレンとビルに会い、彼らのことをとても好きになりました。ヘレンは私の母の良い友人になりました。それに、ヘレンもビルも社会的に立派な人たちでしたから!
IP: ヘレンは、ユダヤ人の生まれだったのですか?
KW: そうです。ただし、彼女の夫のルイは、文化的にもまさにユダヤ人でしたが、ヘレンはそうではありませんでした。彼女のお母さんが半分はユダヤ人だったのですが、ヘレンはユダヤ人として育てられなかったので、ユダヤ的な感覚を持っていませんでした。
IP: 『奇跡講座』の歴史においては、あなたやヘレン、ジュディス・スカッチ(『奇跡講座』の出版者)、マリアン・ウィリアムソン……といった具合に、ユダヤ人が大きな役割を果たしているように見えるのですが、どうしてそうなっているのかについて、あなたは何か思うところがありますか?
KW: もう一人、『奇跡講座』の印刷を担当した人も、ユダヤ人でした。ビルだけがユダヤ系ではなかったので、実際、私たちはビルのことを、私たちの中での「WASPの代表者」と呼んでいたくらいなのです(笑)。WASPとは何か、ご存じですよね? そうです、白人〔White〕でアングロサクソン系〔Anglo-Saxon〕のプロテスタント信者〔Protestant〕の頭文字を合わせて、WASPとなります! このようにユダヤ人が何人も関わっていたということはとても奇妙なことでしたが、なぜそうなのか、私にはまったく見当もつきません。人々はありとあらゆる神秘的な理由を思いつくようですが、確かなところは誰にもわからないはずです。
編集作業
IP: そうして、あなたはヘレンとの共同作業を始めたのですね?
KW: はい。初めて原稿を通読した後、私はヘレンとビルに、「これは少し編集する必要があると思う」と話しました。いくらかの個人的な言及は取り除かれていましたが、それでもまだ、そこにあるべきではないと感じられるものがいくつも残っていました。段落やセクションや章の分け方、見出しなどがあまり適切ではなく、一貫性がありませんでした。ビルはそうしたことが得意ではなかったのです。
IP: そういったことを、ヘレンとビルは自分たちだけで行なっていたのですか? それとも導きのもとでですか?
KW: 二人だけで行なっていました。テキストは次々と連続してやってきましたから、その後で彼ら自身でそれを行なったのです。日々の口述筆記の多くは、自然な切れ目で終わっていて、それがセクションや章の終わりでしたから、それほど難しい作業ではありませんでした。
しかし、彼らが決めたことの中には、少し独断的だと私には感じられたものがたくさんありました。そう感じられたのは口述筆記された部分ではありません。彼らには、「個人的なことについての言及は取り除くように」と指示されていたのですが、原稿に残すべきでないものが、その時点でもまだいくらか残っていました。それで私は、原稿はもう一度見直すべきだと提案したのです。ビルは根気があるタイプではありませんでしたから、ヘレンと私が、その後14ヶ月間かけて、その作業に取り組みました。
IP: それはイエスの導きと共に行なわれたのですか?
KW: そうです。ところどころ削除が必要だった冒頭の部分を除いて、私たちは何も編集したり変更したりはしていません。
最初の数ヶ月は、イエスがヘレンに与えていた具体的なメッセージの中に、個人的な言及が織り込まれていたので、彼らがそれを削除したときに、ちぐはぐなところが生じていました。
これらが、私たちが単語やフレーズを補わなければならなかった箇所ですが、それらは今では最初の4章となっている部分に含まれています。それ以降の部分で私たちが編集したのは、句読点の使用、段落分け、見出しの挿入、大文字の使用に関することだけでした。 私たちに確信が持てない事柄があったときはいつも、ヘレンがイエスに尋ねていました。2、3の箇所について、私が「これはあまり良い見出しではないですね」と言ったりしたときのことを覚えています。そういうときにヘレンがイエスに尋ねると、イエスからは、「その通り。それはよくないので、このようにすべきだ」というような答えが返ってきました。
IP: イエスは、例えば、「ところで、2ページ前に、あなた方のしたことで私の気に入らないことがある」というようなことは言わなかったのですか?
KW: そういうことはありませんでした。実際のところ、ヘレンが感じていたことによれば、イエスはこうした細かなことについてはあまり気にしていませんでした。だから彼女は、それらは自分に任されていると思ったわけです。私たちはそうした作業を、できる限り祈りを込めて行いました。『奇跡講座』の実質的な内容に影響があるようなことは、何一つ行われませんでした。ヘレンはその点に関してはとてもはっきりしていました。