仏陀とキリストは同じですか? それから、「悟り」は、記憶喪失のようなものだと言えるでしょうか?
回答
『奇跡講座』の観点から言えば、仏陀とキリストの相違は、キリストは、「とこしえ
...私はまだ『奇跡講座』を学び始めて日が浅く、このコースを読むこと/学ぶことを始めたばかりですが、質問があります。自分の職業や、家庭その他の状況において、大望を抱いたり、状況改善の方法を考案したり、物事の...
ぞっとするような恐ろしいことをする人々を、私はどのようにして赦せばいいのでしょうか? どのようにすれば、人を撃ち殺すような狙撃犯を赦せるのでしょうか? これは実在していることなのではないでしょうか? ...
どうすれば、レッスン41が述べているように、神に到達することができるのでしょうか?
私はまったく宗教とは縁のない環境に育ち、『奇跡講座』に出会うまでは、どんな形であれ、神というようなものにはまったく...
「ワークブック」レッスン13の次の文について説明していただけますか? 否定形が三つ続いているため、意味がよくわかりません。
だからといって、意味のないものであれば、あなたがそれを自分が知覚して
...
「ワークブック」の中の記述に関して、私が長いあいだ不可解に思ってきたことはいろいろあるのですが、その中の二つの箇所について、解説をお願いいたします。
(1)
今あなたが目にしている見
...
『奇跡講座』が「神」と言うとき、私たちに応答してくれるような神のことを言っているのでしょうか? つまり、私たちの日々の活動といった面で、私たちの物理的・世俗的存在に変化や違いをもたらすような神なの
...※これは、ワプニック博士のビデオ講話の翻訳です。
今朝は、『奇跡講座』が述べている「赦し」について、これまでと違った見方をご紹介したいと思います。
このコースではもっぱら、「兄弟を
...『奇跡講座』 ワークブックの中の非常に美しいレッスン、「レッスン122」に取り組んでいる時に、次のような一節が気になりました。
私たちは定められている夢の終焉のすぐ近くまで来ている。(W-pI.122....
『奇跡講座』 ワークブックの中の非常に美しいレッスン、「レッスン122」に取り組んでいる時に、次のような一節が気になりました。
私たちは定められている夢の終焉のすぐ近くまで来ている。(W-pI.
...私は自分の怒りを聖霊の目を通して見られるようにと聖霊に頼みますが、その後も私の気持ちは一向に変わりません。これはどうしてなのでしょうか。
聖霊に求める前に感じていたのと同じ怒りを相変わらず感じる
...家族や友人と会話しているうちに、特定の話題に関してみんなが自分の意見を述べはじめ、本格的な討論となることがあります。私は『奇跡講座』学んでいるので、そういう時には、自分の意見を述べることについてひ
...私たちが目覚めるということ、あるいは少なくとも自分の真のアイデンティティーを思い出すということが、いつかは必ず起こるというのなら、その前提から論理的に考えると、行動のレベルにおいては、私たちは何でもい...
私は、このコースの形而上学のもつ意味合いをはっきり理解したいと思っているのですが、気にかかっているのは、「真理に対極はない」というこのコースの主要な概念と、「この世界を助ける」ということとの関連に
...この世界における多くの悲劇的な出来事、たとえばアフリカにおける飢餓などといった出来事について、うしろめたい気持ちを感じるなら、それは間違っているでしょうか? 貧しい国々で人々が苦しんでいる状況を目にす...
※巨大地震と津波という天災に加えて、原発事故による放射能汚染という問題も浮上してきた2011年3月には、読者の皆さんの心配や疑問にお応えして、いつものQ&AではなくFACIMの解説ビデオから、人災
...ハリケーン・カトリーヌに襲われた地域で続いているあらゆる苦痛や受難を目前にして思うのですが、私たちがどの「夢」または「幻想」の中に生きることになるのかといった決断はどのようにして為されるのでしょう
...仏陀とキリストは同じですか? それから、「悟り」は、記憶喪失のようなものだと言えるでしょうか?
『奇跡講座』の観点から言えば、仏陀とキリストの相違は、キリストは、「とこしえ
...私は仏教徒で、「キリスト的存在」としては、イエスよりも、観世音菩薩の方が親しみを感じられるのです。観世音菩薩(観音様)というのは、慈悲と癒しの女性的菩薩です。「キリスト的」な存在として、イエス以
...私は『奇跡講座』を学び続けているうちに、この世界において一般に「愛」と呼ばれている感情は、このコースの中で言われている「愛」とはまったく違ったものだということを理解し始めています。実際のところ、
...私が知りたいと思っているのは、『奇跡講座』を実践してきて悟りに達したという人がいるのかどうか、ということです。自らが神と絶対的なつながりの中にあることを実感していて、それゆえに決して平安の状態を失
...
Get started today before this once in a lifetime opportunity expires.